ヴェトゥティウス・プラキドゥスの家とテルモポリウム

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ヴェトゥティウス・プラキドゥスの家とテルモポリウム(Casa e Thermopolium di Vetutius Placidus)
[ヴェトゥティウス・プラチドゥスのテルモポリウム(ギリシア語から派生したラテン語)はアッボンダンツァ通りに面し、かつては土地所有者層だけに限られていた社会的な地位を、ローマ時代ポンペイでは商人や職人たちも享受していたことを示す良い例と言えます。 名前が示すように、この建物では豊かな装飾のあるレンガ造りのカウンターに大きなかめの下半分を陥れることができるようになっていて、その中に保存された温かい食べ物と飲み物を提供していました。 興味深いのは奥の壁にあるニッチで、家の神々(ラル神)、オーナーの守護神ジェニオ、商いの神(メルクリオ)、酒の神(デュオニソス)を祀った祭壇がよく保存されています。 仕事場に直接通じている建物の後方には、見事なフレスコ画で装飾された住居と屋外での饗宴に用いられたトリクリニオが残っています。
台に嵌めたままの形で残されたテラコッタ製のかめの一つからは、最後の日の売上金と思われる重さ3キロ近くものたくさんの貨幣が見つかり、オステリアの商いがどれほど繁盛していたかが想像できます。

※トリクリニオ、横臥食卓: ローマの住宅に見られた食堂 で、そこに置かれていた3つの寝台を意味する言葉がもととなっています。家の主と招待された客は部屋の三方に置かれた寝台の上に三人づつ横たわり、最後の一方は給仕のために空けてありました。一般的には、この空間は庭園に向かって開放されていて、客が緑の眺めを楽しめるように配慮されていました。
※ニッチ、壁龕: ラテン語のアエデスの縮小形で、「神の家」を意味しました。 公私の宗教的な礼拝に用いられ、神殿の特徴を備えた壁龕からなり、円柱で支えられたティンパヌムがあり木製の扉を備えている場合もありました。内部には家の守護神たちの小さな像が納められていました。ラルとペナテス、一般的には併せてラル神と呼ばれていました。  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p23」より)]

[ポンペイは建造物や街区が古代ローマ当時のままの唯一の町として知られている。後の歴史家たちは、その歴史家の時代のローマは古代ローマをそのまま伝えていると誤解していたが、ポンペイこそが最も純粋に古代ローマの伝統を守り、ほぼ直角に交差する直線の大通りによって規則的に区切られ、計画的に設計された町であった。通りの両側には家と店がある。建造物は石でできていた。居酒屋のメニューも残っていて、こう記されている。「お客様へ、私どもは台所に鶏肉、魚、豚、孔雀(くじゃく)などを用意してあります。」  (wikipedia・ポンペイより)]

[テルモポリウムのカウンター・wikipedia-photo、カウンターと祭壇・wikipedia-photo、祭壇・wikipedia-photo、祭壇詳細・wikipedia-photo
(Category:Thermopolium of Vetutius Placidus – Wikimedia …)より]

House and Thermopolium of Vetutius Placidus – Google Map 画像リンク

カメラ東南東方向がテルモポリウムで、豊かな装飾のあるレンガ造りのカウンター奥の壁にニッチに祭壇があります。

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