剣闘士の兵舎

マーカーは剣闘士の兵舎です。

剣闘士の兵舎(Caserma dei Gladiatori)
[この建物は剣闘士たちの同業組合の拠点で、内部からは120に及ぶ剣闘士関連の銘文が見つかり、ここが彼らの練習場であったことが判ります。 紀元62年の地震の後、この建物は個人の住宅となりました。おそらくは59年にお気に入りの剣闘士の支持をめぐって円形劇場で起きたポンペイ市民とノチェーラの住民の間の激しい喧嘩の後、ローマの元老院の決定によって剣闘士の組合が閉鎖されたためと想像されます。
内部へと続く二つの階段があり、進んで行くと24本の円柱で囲まれた大きなペリスティリウムに出ます。円柱の間の空間は低い壁で塞がれ、壁面には狩りのシーンと牡牛に乗るエウロパなどの神話を題材とした場面が描かれています。 ペリスティリウムに面して、トリクリニオやエセドラなどの公的な空間が並び、南側には居住用の部屋があります。 この建物には、後から建てられた厩舎も付属していました。
建物自体は紀元前1世紀の中ごろに建設されています。
※トリクリニオ、横臥食卓 – ローマの住宅に見られた食堂で、そこに置かれていた3つの寝台を意味する言葉がもととなっています。家の主と招待された客は部屋の三方に置かれた寝台の上に三人づつ横たわり、最後
の一方は給仕のために空けてありました。 一般的には、この空間は庭園に向かって開放されていて、客が緑の眺めを楽しめるように配慮されていました。  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p48」より)]

剣闘士の兵舎平面図(「V.5.3 Pompeii. Casa dei Gladiatori or House of the Gladiators.」より)

カメラ北西方向が剣闘士の兵舎入口です。(平面図「Ⅴ.5.3 Entrance」)