大運動場

マーカーは大運動場です。

大運動場(Palestra Grande)
[“大運動場”は屋根のない大きな長方形の広場からなり、大きさはおよそ140×140m、回廊に囲まれて外側とは狭間胸壁のついた高い壁で遮断され、壁には10の門が取り付けられていました。広い中庭の三方にはプラタナスの木が植えられ、噴火が起きた時にはすでに樹齢年程度でした。今日これらの樹木の根の部分の石膏型を見ることができます。中にはの中央にはプールが残されています。運動場はアウグストゥス帝(在位:紀元前27年 – 紀元14年)の時代に建設され、若い市民たちの身体と知識の形成を目的としていました。壁面や柱の部分には、当時運動場に通っていた人々の残した詩的なあるいはエロチックな内容の落書きが数多く残されています。発掘の際には、ここに避難したりここから逃げようとした多くの犠牲者たちが見つかりました。運動場にはフレスコ画の他にポンペイから離れたところにあった川岸の港に隣接したモレジーネのトリクリニオから出た出土品が常設で展示されています。

※トリクリニオ、横臥食卓: ローマの住宅に見られた食堂 で、そこに置かれていた3つの寝台を意味する言葉がもととなっています。家の主と招待された客は部屋の三方に置かれた寝台の上に三人づつ横たわり、最後の一方は給仕のために空けてありました。一般的には、この空間は庭園に向かって開放されていて、客が緑の眺めを楽しめるように配慮されていました。
  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p35」より)]

[入り口の一つ・wikipedia-photo、インテリア・wikipedia-photo、グレートジム内で作られた男のキャスト・wikipedia-photo
ウィキメディアコモンズには、大運動場の画像またはその他のファイルが含まれています]

体育場 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向が大運動場入口です。

大運動場内のカメラです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*