悲劇詩人の家

マーカーは悲劇詩人の家です。

悲劇詩人の家(Casa del Poeta Tragico・House of the Tragic Poet)
[伝統的なアトリウム形式を保つこの家は、入口の床面にあるCAVE CANEM(“犬 に注意”)と刻まれたモザイクで有名です。このモザイクは現在ではガラスで保護されています。ペリスティリウム(古代ローマの都市住宅には、アトリウムとペリスティリウムという公私2つの中庭があった。)に直接通じている脇の入り口から入ります。アトリウムとタブリウムには洗練されたモザイクが残っていました。そのうちの一つには、公演の準備をする役者たちのシーンがあって、家の名の由来となっています。居間の装飾には特別な注意が払われました。「イーリアス」のエピソードによる神話の大画面のうち、「テーセウスに捨てられたアリアドネ」が今日でも見られ、反対側の壁面には“キューピッドの売り”と名付けられた画面があって、1800年代の初め、この家の発掘の後にはこの絵が一般に人気を博しました。ペリスティリウムには小さなニッチが付けられています。ほとんど家にあるラル神の祭壇で、ラルの諸神の他にも、家を守る神が祀られてていました。壁画とモザイクのオリジナルはナポリの考古学博物館に保存されています。家の内部にはエドワード・ブルワー=リットンが書いた小説「ポンペイ最後の日」(1834年)の一部が再現されています。

※タブリウム: アトリウムを挟んで家の入り口の反対側にある部屋で、ペリスティリウムとアトリウムを区切っています。家の中心的な空間で、主のオフィスで、客を迎える場所でもありました。もとは主人の寝室として使われていました。
※ニッチ、壁龕: ラテン語のアエデスの縮小形で、「神の家」を意味しました。 公私の宗教的な礼拝に用いられ、神殿の特徴を備えた壁龕からなり、円柱で支えられたティンパヌムがあり木製の扉を備えている場合もありました。内部には家の守護神たちの小さな像が納められていました。ラルとペナテス、一般的には併せてラル神と呼ばれていました。  (「ポンペイ遺跡ガイド – Pompei-p59」より)]

VI.8.3 Pompeii. Casa del Poeta Tragico or House of the Tragic Poet.

[悲劇詩人の家案内標識・wikipedia-photo、CAVE CANEM(“犬 に注意”)と刻まれたモザイク・wikipedia-photo、前庭の床からのモザイク犬・wikipedia-photo、・wikipedia-photo、アトリウム・wikipedia-photowikipedia-photowikipedia-photo、「ポンペイの悲劇詩人の家。ブルックリン博物館アーカイブ、グッドイヤーアーカイブコレクション」・wikipedia-photo、悲劇的な詩人の家のモデルを再現・wikipedia-photo
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悲劇詩人の家計画平面図

悲劇詩人の家 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が悲劇詩人の家です。

カメラ北北西方向が悲劇詩人の家で鉄扉向こう床にCAVE CANEM(“犬 に注意”)と刻まれたモザイクが見える。(画像リンク)

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