メリダ市庁舎

マーカーはメリダ市庁舎です。

メリダ市庁舎
[メリダ(Mérida)はスペインの都市。エストレマドゥーラ州バダホス県に位置する。エストレマドゥーラ州の州都である。人口は58,164人(2005年)。
メリダは紀元前25年に植民市「エメリタ・アウグスタ」の名前で建てられた。アウグストゥス帝(在位:紀元前27年 – 紀元14年)の命により、グアディアナ川を渡る橋を守るためであった。2つのローマ軍団第5アラダウエ」と「第10ゲミナ」が入植者となった。この都市はローマ属州ルシタニアの州都となり、ローマ帝国でも重要な都市の1つとなった。メリダはスペインの中でもっとも重要なローマ建築を残している。トラヤヌス帝(在位:98年 – 117年)時代の凱旋門はその1つである。「メリダの考古遺産群」は世界遺産に登録されている。  (wikipedia・メリダ_(スペイン)より)]

[メリダは、紀元前25年、「エメリタ・アウグスタ」という名前でアウグストゥス帝の命令で建設された都市で、2つの熟練ローマ軍団「第5アラダウエ」と「第10ゲミナ」が入植しました。
ここにはもともと住民がいたのですが、彼らにローマ市民権を与えることによって、軍の入植を認めさせたのでした。
その後、この都市は、ローマ属州のひとつである、現在のポルトガルとエクストゥレマドゥーラ州に広がっていた、ルシタニアの州都となりました。
このように、メリダの輝かしいローマ時代が始まり、ローマ劇場円形闘技場、寺院、ローマ橋、水道橋(サン・ラサロ水道橋ミラグロス水道橋)などの素晴らしい建築物が次々と建てられていきました。
西ローマ帝国の崩壊までの数世紀の間、メリダはいくつかある都市の中でも司法、軍事、経済、文化の中心地として、重要な位置を占めていました。
帝政期ローマの著述家、アウソニウスによれば、ローマ帝国の都市の中でも9番目の都市として上げられるほどで、あのアテネをもしのぐ位置にあったようです。
ローマ帝国崩壊後のメリダには、5~6世紀には西ゴート族が定住し、8世紀のはじめからはイスラム教徒が入ってきました。
そして、1230年、レオン王国アルフォンソ9世によって、メリダはキリスト教徒の手に戻りました。  (「「スペイン世界遺産指定都市」メリダ」より)]

[メリダは「銀の道」ルートの只中に位置し、古代ローマの栄光の遺産を受け継いでいます。古代ローマ劇場、円形闘技場またはディアナ神殿などがあり、古代ローマの属州ルシタニアの州都であったメリダはスペインでもとりわけ保存状態のよい考古学遺跡群を誇り、世界遺産にも登録されています。  (「スペイン, BadajozのMérida でバケーション , スペイン |日本向け」より)]

City of Merida – Google Map 画像リンク」「Spain Square – Google Map 画像リンク

カメラ位置はスペイン広場で、カメラ北東方向がメリダ市庁舎です。

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