古代ローマ劇場

マーカーは古代ローマ劇場です。

古代ローマ劇場
[紀元前15~16年に、執政官アグリッパの指揮のもと建築されました。
その後、劇場は何回も改装が行われています。その中で重要なものは、1世紀末から2世紀はじめのトラヤヌス帝(在位:98年 – 117年)の時代のときのもの。
このとき、舞台の柱と皇帝や女神などの彫像で飾られた見事な舞台壁が造られました。
またもう一つの重要な改装は、330年から340年の間のコンスタンティヌス1世帝(在位:306年-337年)の時代で、装飾的な要素が取り入れられ、劇場の周りの石畳道もこのときに造られました。
中世に強大な力を持っていたキリスト教徒は演劇を不道徳なものとしてみなしていたころから、劇場は廃墟同然と化し、客席上部の一部だけを除いて土に埋もれてしまいました。劇場の発掘が始まったのは、1910年になってからでした。
古代ローマ円形闘技場と共通 6月1日-9月30日 9:30-13:45 17:00-19:15 10月1日-5月31日 9:30-13:45 17:00-18:15入場料 7€>   (「「スペイン世界遺産指定都市」メリダ」より)]

[紀元前15~16年に、執政官アグリッパによって建築されました。約6000人の観客席があります。恐らく皇帝トラヤヌスまたはハドリアヌス(在位:117年 – 138年)によって、1世紀後半または2世紀初頭に改装されました。また、330 – 340年間にコンスタンティヌス1世とその息子コンスタンティヌス2世(在位:337年 – 340年)の治世中、記念碑の周りの通路と新しい装飾要素が追加されました。 後に、キリスト教がローマの唯一の国家宗教として出現したため、劇場公演は公式に不道徳であると宣言されました。劇場は放棄され、その建物のほとんどは土で覆われ、石積みの囲いのみを残しました。スペインの伝説では、ここは「七人の椅子(The Seven Chairs)」として知られ、ムーア人の数人の王が市の運命を決定するために法廷を開いたと一般に考えられています。
1777年以降、闘牛などの会場となっています。
メリダのローマ劇場・wikipedia-photo]

ロマノ劇場 – Google Map 画像リンク

古代ローマ劇場北東側入口のカメラです。

古代ローマ劇場客席上段からのカメラです。

古代ローマ劇場舞台のカメラです。

古代ローマ劇場舞台裏北側のカメラです。

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