サン・ジェレミア教会

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サン・ジェレミア教会
[サン・ジェレミア教会は、イタリアヴェネツィアのセスティエーレ(sestiere・区)のカンナレージョ(Cannaregio)にある教会です。
教会の後部は、ラビア宮殿(Palazzo Labia)とフランギニ宮殿(Palazzo Flangini)の間にあるカナル・グランデに面しています。
教会は殉教者シラクサのルチア(Saint Lucy)が祀られ、その遺体は内部に埋葬されています。
最初の教会は11世紀にここに建てられ、後に何度か再建されました。
1206年には、ランゴバルド人に侵略されたオデルゾ(Oderzo)からこの地域に避難してきた、オデルツォの聖マグナス(Magnus of Oderzo・670年死亡)の遺骨を埋葬しているといわれています。
ドージェのセバスティアーノ・ツィアニ(Sebastiano Ziani・任期1172年 – 1178年)の下で最初の再建が行われ、新しい教会は1292年に奉献されました。
現在の建物はCarlo Corbelliniによって設計され、1753年に建てら、ファサードは1861年に建設されました。レンガ造りの鐘楼(おそらく12世紀のもの)には、ベースに2つの薄いロマネスク様式マリオン窓があります。
教会は、1849年に第一次イタリア独立戦争中に町を包囲された際にオーストリア帝国の砲撃により損傷を受けました。
教会は巡礼の対象であり、聖ルチア(シラクサのルチア)の遺物の存在に対する幅広い献身の対象であり、1861年に彼女に捧げられた近くの教会が取り壊されたときにここに運ばれました。1955年、アンジェロ・ジュゼッペ・ロンカッリ(Angelo Giuseppe Roncalli)、将来のローマ教皇ヨハネ23世(在位:1958年-1963年) 、そしてヴェネツィアの総主教が、聖人の顔に銀のマスクを被せ、それを塵から守りました。
聖人の遺体は1981年7月7日に盗まれましたが、身代金なしで同年12月に復元されました。
ヴェネツィアのサンジェレミア教会・wikipedia-photo、大運河からのサンジェレミア教会・wikipedia-photo、サンジェレミアのインテリア・wikipedia-photo、インテリア・wikipedia-photo、聖水盤・wikipedia-photo、左のオルガン・wikipedia-photo、右のオルガン・wikipedia-photo、シラクサのルチアの遺物・wikipedia-photo]

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カメラ南東方向がサン・ジェレミア教会です。

サン・ジェレミア教会身廊のカメラです。

サン・ジェレミア教会祭壇前のカメラです。

運河側からのカメラです。