王室礼拝堂

マーカーは王室礼拝堂です。

王室礼拝堂
[ルイ14世(在位:1643年 – 1715年)は、1710年に完成したこの礼拝堂を5年間しか使用できなかった。以前使用されていた礼拝堂は、1682年にヘラクレスの間の位置に建てられたものだったが、建造後すぐに狭すぎることが判明した。しかしながら、その後1689年にアルドゥアン=マンサールによって開始された大礼拝堂の建築は、戦争の影響により後れを取ることになる。マンサール自身もその完成を見届けることなく1708年に死去している。この時、マンサールの義弟であるロベール・ド・コットが彼の後を引き継ぐが、建物の基本的な構造や装飾は1699年にすでに決めらたものだった。地上階には身廊側廊や周歩廊、階上廊には王の特別席が設けられ、白と金が調和した建物の色調は床に張られた大理石や丸天井の絵画に見られる色鮮やかな色調と対照をなすものだった。このような要素が混ざり合って、ゴシック建築様式の名残りとバロック様式の美的感覚が共存する非常に独特な礼拝堂が完成したのだった。
宮廷では通常毎日午前10時に、王のミサが執り行われた。このミサは階上廊の王の特別席で行われ、そこには王を取り囲むように王の家族が席を取った。宮廷の女性たちは王の特別席の側廊に姿を見せ、「重臣」やその他の宮廷人は身廊からミサに出席した。王が地上階の身廊に降りるのは、王が聖体を授けるような盛大な宗教的祭典や聖霊騎士団の式典、洗礼の儀式や王の子供たちの結婚式など、1710年から1789までに開催された特別な儀式・祝典の際に限られた。
祭壇の上では、フランソワ・クープランのような巨匠がクリコー・オルガンを演奏し、その周りにはヨーロッパ中にその名声を馳せていた礼拝堂の楽団・聖歌隊が陣取り聖務中に聖歌を披露したのだった。
フランスの君主制では、王は神により選ばれ、その聖別式により王は神の「代理人」となる。ヴェルサイユの礼拝堂の絵画や彫刻は、この聖なる考えを、教会の身廊から王の座る特別席にかけての一連のサイクルで描いている。例えば、身廊の柱の上にはキリストの死に結びつくことになるキリストの受難に関連した道具を持った天使が表現され、主祭壇の大きな浅浮彫りにも同じテーマが描かれている。また上部の祭壇画には、キリストの復活が光の輝きで表現され、その光線の中に描かれた神の象徴である三角形はヘブライ語で書かれたエホヴァの名前を囲っている。 オルガンの上に位置する半円形の天井には、キリストが後光につつまれながら復活する姿が描かれ、その手前の丸天井には父なる神が、そして王の特別席の上には三位一体の三番目の位格とされる聖霊の降臨が描かれている。この聖霊の降臨は、国王の行動を煽ったであろう一羽の鳩によって表現されている。  (「王室礼拝堂 – ヴェルサイユ宮殿」より)]

ヴェルサイユ宮殿2階見取り図

Royal Chapel – Google Map 画像リンク

カメラ位置は王室礼拝堂階上廊拝廊で、カメラ初期設定方向が王室礼拝堂階上廊で、右方向ドア向こうがヘラクレスの間です。

王室礼拝堂階上廊前のカメラです。

王室礼拝堂階上廊下のカメラです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*