パラティーノ皇帝宮殿跡(ドムス・セプティミ・セウェリ)

マーカーはドムス・セプティミ・セウェリです。

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ドムス・セプティミ・セウェリ(英語:Septizodium、イタリア語:Settizonio)
[ドムス・セプティミ・セウェリ(ラテン語: Domus Septimii Severi)は、イタリア ローマパラティヌスの丘(パラティーノの丘)にある帝政ローマ期の宮殿跡。ドムス・セウェリアナ(Domus Severiana)と表記されることもある。
ドムス・セプティミ・セウェリはスタディオンの東に隣接し、先に建てられていたドムス・アウグスターナ等の宮殿の拡張として、ローマ帝国第20代皇帝セプティミウス・セウェルス(在位:193年 – 211年)帝により、2世紀末から3世紀初めに掛けてパラティヌスの丘の南東端部に建てられた。
丘陵斜面に宮殿を造営するため、ドムス・アウグスターナと地盤レベルをあわせる必要があり、ローマン・コンクリートで造られた人工地盤を構築した上に建てられていた。現在残っている建造物は、ほとんどがこの人工地盤面より下の部分である。この人工地盤の上に立つと、戦車競技場のキルクス・マクシムスカラカラ浴場などを見渡すことができる。
スタディオンのエクセドラに隣接して宮殿内のローマ浴場施設(マクセンティウス浴場)があるが、これはドミティアヌス(在位81年 – 96年)が建てたものを、後にマクセンティウス帝(在位:306年 – 312年)が改築したものである。このマクセンティウス浴場には、クラウディア水道から分岐した水道橋が直結されていて、チェーリオの丘との間の谷(現在のVia di San Gregorio)を越える水道橋の遺構は現在でも見ることができる。
アッピア街道(現在のVia di San Gregorio)に面した側はセプティゾディウム(ラテン語: Septizodium)と呼ばれ、3階層の円柱で支えられた装飾壁となっていた。これは、アフリカ方面からアッピア街道を通りローマに到着する人々に対して、強い印象を与えようと考えられたものであると言われている。
ドムス・セプティミ・セウェリは、16世紀に(人工地盤の構造物を除いて)ほとんどすべてが取り壊されてしまったため、その姿はかつて描かれた絵画でしか偲ぶことができない。
パラティーノ皇帝宮殿跡平面図

[1:ドムス・ティベリアナ, 2:ドムス・リウィアエ, 3:ドムス・フラウィア, 4:ドムス・アウグスターナ, 5:スタディオン (パラティヌス), 6:ドムス・セプティミ・セウェリ, 7:アポロン神殿 (パラティヌス), 8:クラウディア水道の水道橋, 9:セウェルス浴場, A:アウグストゥスの家, B:キュベレー神殿, C:ロムルスの家, D:エラガバリウム, E:ホレア・アグリッピアーナ(穀物倉庫)]

「パラティヌス全域の再現模型 – ドムス・セプティミ・セウェリは右端部分」
「ドムス・セプティミ・セウェリ」・wikipedia-photo
  (wikipedia・ドムス・セプティミ・セウェリより)]

パラティーノ皇帝宮殿跡平面図( Wikimedia Commons contiene immagini o altri file su Domus TiberianaGuide to Italy and Sicily (1911) (14579345070).jpg)

1.ロムルスの壁の遺跡、2.ポルタロマーナの場所、3. „ n ,, Mugonia、4.アイウスロクティウスの祭壇、5.カークスの階段、6.ロムルスの小屋、7.Paedagogium、8.スタジアム、9.アウグストゥスの宮殿、10.ハドリアヌスの宮殿、11.セプティミウスセウェルス宮殿、12.アポロン神殿 (パラティヌス)、13.フラウィアの宮殿、14.カリグラの宮殿、15.リウィアエの家、16.キュベレー神殿、17.ティベリアナ宮殿、18.S.マリアアンティクア、19.アウグストゥスクロードの神殿

ドムス・セプティミ・セウェリ – Google Map 画像リンク

カメラ位置は人工地盤の構造物の上で、カメラ北方向にマクセンティウス浴場の遺構が見えます。

人工地盤の構造物のカメラです。

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