マーカーはインノチェンティ養育病院です。
インノチェンティ養育病院(英語:Ospedale degli Innocenti、イタリア語:Spedale degli Innocenti)
[サンティッシマ・アヌンツィアータ教会を出るとサンティッシマ・アヌンツィアータ広場の左にインノチェンティ養育病院があります。
ここに孤児達が入れられ、療養したり、教育を受けていたりしたのでその名が付けられました。少女達が年頃の15才位になると、結婚の為の準備品も贈られました。1419年のフィリッポ・ブルネッレスキによってプロジェクトされたこの養育病院は、この偉大なルネサンス建築家のもう一つの秀作です。
大きな柱廊に建てられた落ち着いた建物で、ローマ建築の要素の独創的な修正が見られます。アーチの間に、包帯を巻かれた赤ちゃんの姿を描いた、アンドレア・デッラ・ロッビアの丸い陶製の作品が見えます。
これが養育病院のシンボルです。大きな柱廊は、広場をより広く見せ、かつ便利な屋根付き回廊になっています。コロンナ通りに向かって回廊奥左に、現在は壁で塞がれている、子供達が捨て置かれた回転式受付口のあった壁龕があります。
上部にラテン語で書かれた感動的な一文は、聖書のソロモン第26章からのものです。それには、「パテル・エト・マテル・レリクエルント・ノス・ドミヌス・アウテム・アッスンプスィット」訳すと「父母は我々を捨てても神が我々を拾ってくれた」とあります。
ルネッサンス様式の回廊付き中庭や1700年代の美しい教会以外にも、養育病院内で興味深い絵画コレクションが見られ、中でも1488年のドメニコ・ギルランダイオの、「東方三国博士の礼拝」の絵画が目を引きます。 (「インノチェンティ養育病院 – Firenze Viva」より)]
インノチェンティ養育病院平面図
Aが広場、B、Cが中庭
「Hospital of Innocents – Google Map 画像リンク」
カメラ東南東方向がインノチェンティ養育病院で、北方向がサンティッシマ・アヌンツィアータ教会です。
インノチェンティ養育病院中庭 C のカメラです。