サンタ・マリア・ノヴェッラ教会

マーカーはサンタ・マリア・ノヴェッラ教会です。

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会
[サンタ・マリア・ノヴェッラ教会(イタリア語: Basilica di Santa Maria Novella) は、イタリアフィレンツェにある、カトリック教会バシリカ。元々、9世紀ごろ、この地にあったサンタ・マリア・ヴィーニェ礼拝堂が起源。その後、1211年にドミニコ会の修道士がこの地に新たな教会を建てることとしたのが、現在の教会である。その当時、修道僧たちが薬草を栽培して薬剤を調合していたのが、世界最古の薬局といわれるサンタ・マリア・ノヴェッラであり、800年以上経た今でも続いている。黒と白の大理石をはめ込んだファサードの上部は、レオン・バッティスタ・アルベルティによるデザインである。
伝説によると、ドメニコ会修道士のフラ・シストとフラ・リストロが設計し、1246年に着工したと言われている。現在の聖堂はドメニコ会修道士ヤコポ・タレンティによって完成された。身廊、鐘塔、聖具室などは彼の手によるものである。 この巨大な聖堂はT字形の平面を持ち、ゴシック様式で特にシトー派の伝統から影響を受けている。建物の高さと幅が等しくなるように全体の空間は分割され、唯一の大きな正方形となっている。三廊式で、柱はアーチとクロス・ヴォールトを支えるが、柱間は祭壇に近づくにつれ15mあまりから11.5mほどまで狭まる。主祭壇のある礼拝堂は両側から2つずつ小礼拝堂に挟まれている。
ファサードの下層は、14世紀の色大理石を用いた幾何学的デザインで、一見バッティスティロやサン・ミニアート・アル・モンテ聖堂にみられるようなフィレンツェの古典的、ロマネスク的な様式を想起させるが、先の尖った両脇の入口部分と、隣の墓地の壁へと連続する先頭アーチと盲アーケードはゴシックのエレメントである。 ファサード上層は、ルチェッライ家のためにレオン・バッティスタ・アルベルティが設計したもので、ゴシックのエレメントを利用しつつ、下層と一体化した古典的傑作である。 4つの付柱を用いてファサード上層を分節し、その上に中央に太陽が描かれたティンパヌムを載せたことで、下層の半円アーチをコリント式の付柱が支える中央入口部分と共に、ルネサンス建築の完成型を示すものとなった。
身廊の屋根と側廊の屋根の線は、左右のスクロールによってつなげられる。このスクロールはアルベルティの設計図にはあったが、1470年になって初めて付加された。 ファサードには、1572年にドメニコ会修道士で天文学者のエニツィオ・ダンティが取り付けた、右側のグノモン(日時計の影を投げる指時針)と左側のアーミラリー天球(渾天儀)という二つの科学的装置がある。
1565~1571年には、ヴァザーリによるルネサンスの近代化のために、内部が改築された。ポンテと呼ばれた内陣障壁は取り壊され、両側の祭壇も再建されてしまったが、19世紀の修復の際、現在見られるゴシック様式の祭壇に戻された。
この聖堂には数え切れないほどの重要な美術作品が収められており、ベルナルド・ロッセリーノによるベアタ・ヴィラーナ・デッレ・ボッティの廟、マサッチオフレスコ画「三位一体」(1427)、フィリッポ・リッピによる祭壇(1502)、ドメニコ・ギルランダイオによる「聖母マリアの生涯」が描かれた主祭壇、ジュリアーノ・ダ・サンガッロによるゴンディ礼拝堂、ジョヴァンニ・アントニオ・ドシオによるガッディ礼拝堂(1577)などがある。聖具室(1386)の後期ゴシックのトリフォーラ(三連窓)は美しいステンドグラスで彩られている。ドゥッチオ・ディ・ブオニンセーニャによる「ルチェッライの聖母」(1300-05)はこの聖堂のために描かれたが、現在はウフィツィ美術館に展示されている。 隣接する14世紀の修道院部分は現在美術館になっているが、もとはヴェルデとデイ・モルティのキオストロ(回廊)、スペイン人礼拝堂をもつ巨大な修道院で、アンドレア・ダ・フィレンツェによる「教会の伝道と勝利」(1365-67)などのフレスコ画が描かれている。
このファサードは既存の建物にデザインが制約されたため、アルベルティは建物の古い部分のゴシック形態をいくらか採用して旧様式との妥協をはかったといわれる。その新しさを欠いた特質のゆえに他の建築家たちによって広範にコピーされ、「古代的」なファサードの模範にまでなった。
「サンタ・マリア・ノヴェッラ教会」・wikipedia-photo  (wikipedia・サンタ・マリア・ノヴェッラ教会より)]

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会平面図

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会 – Google Map 画像リンク」、「Museum of Santa Maria Novella – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が、サンタ・マリア・ノヴェッラ教会です。

カメラ北方向がサンタ・マリア・ノヴェッラ教会入場口です。

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会拝廊のカメラです。

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会身廊のカメラです。

平面図12 – サンタ・マリア・ノヴェッラ教会翼廊・内陣前のカメラです。

サンタ・マリア・ノヴェッラ教会内陣・アプス(主礼拝堂)のカメラです。
[トルナブォーニ家の礼拝堂とも呼ばれる主礼拝堂は、サンタ・マリア・ノヴェッラ聖堂の中央、大祭壇の背後に位置している。中央の≪十字架磔刑≫はジャンボローニャによるブロンズ彫刻である。内陣にはドメニコ・ギルランダイオによるきわめて貴重なフレスコ画連作が残されており、ギルランダイオの工房にいた若きミケランジェロ・ブオナローティも制作に携わったと考えられている。左右の壁面には≪聖母マリアの生涯≫(カメラ初期設定方向右)と≪聖ヨハネの生涯≫(カメラ初期設定方向左)が、15世紀当時のフィレンツェの身だしなみをした実在の人物像(注文主やその家族)で表されている。後方壁面には≪異教の本を葬る聖ドメニコ≫、≪聖ピエロの殉教≫、≪受胎告知≫、≪砂漠の聖ヨハネ≫が表されている。穹窿天井には四人の福音記者の姿がある。 多色ステンドグラスはギルランダイオの意匠に基づいてアレッサンドロ・アゴランティにより1492年に制作された。  (wikipedia・サンタ・マリア・ノヴェッラ教会より)]

平面図5 – Cappella Rucellai in Santa Maria Novella 前からのカメラです。

平面図6 – Cappella bardi di smn

カメラ初期設定方向、右・平面図9 – Cappella Gondi in Santa Maria Novella、左・平面図10 – Cappella Gaddi in Santa Maria Novella

平面図11 – Cappella strozzi di mantova

平面図A下 – 聖具室
[サンタ・マリア・ノヴェッラ教会の聖具室は、現在はミュージアムショップとなっています。聖具室(せいぐしつ)とは、祭服やその他の教会の備品、聖餐用の道具や教区の記録などを保管する部屋です。この聖具室の壁には大きな戸棚が備え付けられています。これら棚は16世紀にベルナルド・ブオンタレンティ(Bernardo Buontalenti)によって設計され、ペラゴのレッサンドロ・ディ・ルーカ・ブラッチによって完成されました。2つの大きな戸棚のうち1つには17世紀の絵画作品がはめ込まれています。中央の2枚は大天使ガブリエルとお告げの聖母マリア、横の2枚は聖ドメニコとトマス・アクィナスです。  (「SMN教会の聖具室の扉の中には… | フィレンツェから ..」より)]

カメラ位置は緑の回廊(平面図B)上で、カメラ北方向が『死者の回廊』(平面図11方向)です。カメラ東方向が教会身廊方向、カメラ西方向、回廊右にスペイン人礼拝堂(平面図C)があり、その先が大回廊(平面図D)になります。
[緑の回廊は1350年以降にフラ・ヤコポ・タレンティにより建設され、画家パオロ・ウッチェッロにより15世紀前半にフレスコ画で装飾された。『死者の回廊』は2012年以降、一般に公開されている。  (wikipedia・サンタ・マリア・ノヴェッラ教会より)]

カメラ初期設定方向が『死者の回廊』口で、カメラ西方向入口がスペイン人礼拝堂です。

平面図C – スペイン人礼拝堂のカメラです。緑の回廊の北側に位置するスペイン人大礼拝堂も同じくフラ・ヤコポ・タレンティにより建設され、1367年から1369年にかけてアンドレア・ダ・ボナイウティ(Andrea di Bonaiuto)によりフレスコ画で装飾された。正面主祭壇にはキリスト磔刑像。左は「聖トーマスアクィナスで擬人化されたカトリック教義の勝利、スペインチャペル、1365年頃」、右側は「1369年頃のスペインのチャペルの教会の過激派と凱旋」というフレスコ画。

平面図D – 大回廊のカメラです。

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