サンタンブロージョ聖堂

マーカーはサンタンブロージョ聖堂です。

サンタンブロージョ聖堂(Basilica di Sant’Ambrogio)
[サンタンブロージョ教会 またはサンタンブロージョ聖堂(Basilica di Sant’Ambrogio) は、イタリア共和国ロンバルディア州の州都であるミラノに建つカトリックの聖堂。縁起は4世紀で、ミラノでも最古の聖堂である。ミラノの守護聖人、聖アンブロジウスを祀る。
建築様式は一部ゴシックへの過渡期的特徴もあるロマネスクであり、リヴ・ヴォールトを大規模に採用した例としてはイギリスダラム大聖堂と並んで最初期の例にあたる。ロンバルディア・ロマネスクと呼ばれる様式の、その中でも本項の聖堂は代表格とも評される。
ランゴバルド王国神聖ローマ帝国の多くの王はこの聖堂でロンバルディアの鉄王冠の戴冠を行った。
サンタンブロージョの聖堂が建てられる以前、この場所にはバッカス神殿の遺構があった。献堂は386年で、時のミラノ司教であったアンブロジウスによって行われた。この時点では聖ジェルバシウスとプロタシウス(Gervasio e Protasio)へ捧げられた聖堂であったが、397年にアンブロジウスが没すると2聖人のそばに葬られることになり、聖堂は人々から「サンタンブロージョ」として呼ばれるようになった。5-8世紀に渡ってはゲルマン民族の大移動の影響を受け、ミラノは支配と略奪とを被り衰退するが、8世紀末にランゴバルドに代わりフランクシャルルマーニュの統治下で再興を始める。784年、シャルルマーニュ治下においてサンタンブロージョ教会にはベネディクト会の修道院と教会参事会を併設し、共同管理下におかれることになった。
9世紀と11-12世紀に大規模な改築が行われている。現在も残るサンタンブロージョ教会の姿はおおむねこの時期までに決定付けられた。
9世紀にサンタンブロージョ教会の特徴であるアトリウム(西正面)と、東端部を拡張した。聖堂正面の2本の塔のうち、南の塔は8-9世紀の建設と言われる。東端部後陣へのモザイク移設と内陣の拡張が行われ、さらにクリプトもこの時期に新設された。
11-12世紀の再度の改築では、複合柱とレンガのアーチで構成される現在のアトリウムの姿が完成した。この改築ではアトリウム東辺をなす聖堂ファサードの大アーケードも設けられた。聖堂正面の2本の塔のうち、北の塔はこの時期の建設である。聖堂内部では説教壇身廊の交差リヴ・ヴォールトおよび後陣手前(祭壇が設置されている箇所)の天井にあるドームもこの時期の作である。また、柱頭彫刻や複合柱など、その他のロマネスクの資質を揃えたのもこの時期であった。なお、この11世紀からの改築は11世紀に発生した地震により木造部分が崩壊したために行われた。
以降、聖堂本体の形態は変わらないが、聖堂北部にブラマンテの設計によってルネサンス様式のカノニカ (Canonica)が設置された。

サンタンブロージョ聖堂平面図

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ギャラり―
西から見た聖堂の外観・wikipedia-photo、教会堂平面図・wikipedia-photo、「西から見た聖堂の外観。ブラインドアーチとその間の入り口。」・wikipedia-photo、「アトリウムへ入った所。正面が聖堂ファサード。」・wikipedia-photo、「回廊。アーケードの上部、軒下にはロンバルディア帯による装飾が見られる。」・wikipedia-photo、「身廊。一番奥の半円蓋が後陣で、その手前に祭壇、その左手前には説教壇がみえる。」・wikipedia-photo、「説教壇と、その下のスティリコの石棺」・wikipedia-photo、祭壇と天蓋・wikipedia-photo、聖アンブロジウスのモザイク・wikipedia-photo  (wikipedia・サンタンブロージョ聖堂より)]

サンタンブロージョ教会 – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向がサンタンブロージョ聖堂外観です。聖堂外部から見えるものは4つのブラインドアーチとそれらの間にある1つの開口アーチをもつ壁である。中央の開口部から内部へ入るとアトリウムという空間に入る。

サンタンブロージョ聖堂アトリウム上空の鳥瞰カメラです。

サンタンブロージョ聖堂アトリウムのカメラです。アトリウムは周囲を屋根のついた回廊が囲み、中央の中庭には屋根はない。正面ファサードはナルテックスになっており、3つの扉が内部へ通じている。
※ナルテックス – キリスト教聖堂の正面入口の前に設けられた広間をいう。 玄関の間。 本来は、聖堂内での儀式に参加できない未洗礼者や、一時的に信徒資格を停止された悔悟者の場所。

サンタンブロージョ聖堂拝廊のカメラです。ナルテックスを抜けて3つある扉のいずれかから聖堂に入ると、3廊式の空間に出る。天井には交差リヴ・ヴォールトがかかり、身廊と側廊はアーケードで仕切られている。

サンタンブロージョ聖堂身廊のカメラです。

平面図 4 Ambone – サンタンブロージョ聖堂スティリコの石棺の上の説教壇からのカメラで、カメラ初期設定方向が主祭壇です。

スティリコの石棺 – 身廊北辺の説教壇の下にある、4世紀後半に製作されたスティリコの石棺の素材は大理石で、高さ170、幅が230、奥行き150(単位はセンチメートル)というサイズをもつ。この石棺の図像には「使徒たちの集会」、「イサクの犠牲」、「ノアの方舟」、「エリヤの昇天」といった、キリスト教芸術でおなじみのモチーフが採用されているものの、その表現方法には「異教的」な芸術表現の伝統も見られ、キリスト教芸術の変遷を示す好例とされる。石棺の蓋の狭いスペースにも4面すべて彫刻が施されており、余白は見当たらない。
説教壇の下にあり、近くまでの立ち入りはできないため、間近で見学することはできない。元々は当時の誰かの棺であったが、18世紀になってからテオドシウス1世配下のスティリコという武将の名を冠して呼ばれるようになった。

サンタンブロージョ聖堂クリプトのカメラです。9世紀に新設されたクリプトは半地下になっており、外光が取り入れられている。アンブロジウスの聖遺物(遺骸)もここに安置されている。

平面図 13 San Vittore in ciel d’oro – サン・ヴィットーレ・イン・チェル・ドーロ礼拝堂は祭壇の右奥にある礼拝堂で、拝観料を支払うことで入室できる。天井円蓋のモザイクが有名。部屋の4方の壁には壁画が描かれており、しばしば引用されるアンブロジウスのモザイクも保存されている。このモザイクはアンブロジウス存命中の作と言われる。

平面図 7 Cappella della Deposizione

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