キリスト教徒の王たちのアルカサル、異端審問の塔

    キリスト教徒の王たちのアルカサル、異端審問の塔(英語:Alcázar de los Reyes Cristianos、スペイン語:Alcázar de los Reyes Cristianos)
    [キリスト教徒の王たちのアルカサル(Alcázar de los Reyes Cristianos)、あるいは、コルドバのアルカサルは、スペインコルドバにある城(アルカサル)。グアダルキビール川の側にあり、メスキータにも近い中世に建設されたアルカサルである。名前の由来は、キリスト教徒の王であるアルフォンソ11世(在位:1312年 – 1350年)によって建てられ、その後も王族の住居として用いられたことによる。
    アルカサルはイスラーム建築の影響を強く残しながらも、建設されたのは、キリスト教の支配下に入ってからである。もともと、この場所には、西ゴート王国(415年 – 711年)の要塞が存在していた。ウマイヤ朝((661年 – 750年)の攻撃により、西ゴート王国が滅亡すると、ダマスカスカリフから派遣されたウマイヤ朝のアミールによって、要塞が再建された。アッバース朝(750年 – 1258年)の攻撃により、ウマイヤ朝が滅亡すると、アッバース朝の迫害からウマイヤ朝の一族であるアブド・アッラフマーン1世はコルドバに逃れた。アブド・アッラフマーン1世の後継者たちは、コルドバでカリフ権を宣言し、西ゴート時代の要塞を自らの王宮として用いた。
    1236年、レコンキスタ(718年 – 1492年)が本格化し、コルドバがキリスト教勢力の手によって陥落した。1386年、アルフォンソ11世が今日に残るアルカサルの建設をかつての要塞跡に開始した。ムーア人が建設したアルカサルの他の部分は、戦利品として、司教、貴族、カラトラーバ騎士団に与えられた。アルフォンソ11世は、ムーア人のアルカサルのほんの一部を保存したに過ぎないが、ムデハル様式を使うようになったとしても、イスラーム時代の構造を残している。
    エンリケ4世(在位:1454年 – 1474年)は、半分血を分けた兄弟のアルフォンソ(アストゥリアス公・在位:1464年 – 1468年)の反乱に巻き込まれ、アルカサルもその反乱に巻き込まれた。反乱の間、アルカサルの防御設備は、弾薬の使用に対処できるように改装された。「異端審問の塔」と呼ばれるアルカサルの主塔が建設されたのも、この時代である。
    エンリケ4世の後を継いだカトリック両王(イサベル1世フェルナンド2世・在位:1474年 – 1504年)は、アルカサルをスペインでの異端審問の場として、また、グラナダに首都を置くナスル朝(1232年 – 1492年)の攻撃拠点として用いた。ナスル朝はイベリア半島における最後のイスラーム王国であった。アルカサルにおける異端審問は、こののち3世紀の間継続することとなった。1483年には、ナスル朝の最後の王であるボアブディル(在位:1482年 – 1492年)がアルカサルに監禁された。彼の監禁は、ナスル朝がスペインに対して従属することを約束するまで続いた。
    1489年、ボアブディルが再度、スペインに対して反旗を翻すと、スペイン軍はグラナダに兵を進め、1492年、レコンキスタが完了した。この年、アルカサルでは、のちにアメリカ大陸を「発見」したクリストファー・コロンブスとカトリック両王の謁見が行われている。
    アルカサルは、ナポレオン・ボナパルト支配に反発する民衆蜂起で勃発したスペイン独立戦争(1808年 – 1814年)がイベリア半島を戦火で包んだ時も、要塞として機能した。終戦後の1821年、アルカサルは、刑務所となった。1950年代、スペイン政府の決定により、アルカサルは、観光拠点、国家のモニュメントとして生まれ変わった。
    キリスト教徒の王たちのアルカサル・wikipedia-photo、アルカサル・wikipedia-photo、アルカサル庭園・wikipedia-photo、アルカサル庭園・wikipedia-photo  (wikipedia・キリスト教徒の王たちのアルカサルより)]

    [アルカーサル(Alcazar)は14世紀アルフォンソ11世によって建てられたムデハル様式の城です。カトリック両王は、アラブ勢力の最後の砦だったグラナダ王国(1013年 – 1492年1月2日)の征服を指揮するためここを居城にしています。コロンブスが新大陸への大計画を携えてカトリック両王に謁見を許されたのもこのアルカーサルでした。また悪名高い異端審問所が1490年から1821年までここに置かれました。現在残っているのは広間が数室、中庭、庭園、そして城壁の四隅にそれぞれあったとされる塔のうち3つだけです。アラブ趣味の広い庭園には池と噴水、糸杉と熱帯植物が織りなす調和があり、散策のひと時を過ごすのに最適です。広間の展示品には2-3世紀頃の大理石の棺やローマ帝国時代のモザイク画が注目を集めています。  (「コルドバ – スペインing」より)]

    『コルドバ アンダルシアかばん持ちの旅その16』 [コルドバ]の …

    Museo Alcázar Reyes Cristianos – Google Map 画像リンク

    カメラ南方向がキリスト教徒の王たちのアルカサルで、角の塔はオトナーへの塔(Torre de Homenaje)です。

    カメラ南南東方向がアルカサル入り口で、入口塔はレオンの塔(Torre de los Leones)す。

    カメラ北西方向が異端審問の塔です。

    カメラ位置は中庭で、カメラ西北西方向にレオンの塔(Torre de los Leones)が見えます。

    カメラ初期設定方向がレオンの塔(Torre de los Leones)で、右方向に異端審問の塔が見えます。

    カメラ位置は庭園の北東にある池の南西端で、カメラ北東方向にレオンの塔(Torre de los Leones)が見えます。

    庭園中央部にある池・北東端のカメラで、カメラ南西方向に「カトリック両王にまみえるコロンブス」像があります。

    池南西端のカメラで、カメラ南西方向に「カトリック両王にまみえるコロンブス」像があります。

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