スメタナホール(市民会館)

マーカーはスメタナホール(市民会館)です。

スメタナホール(市民会館)(英語:Municipal House、チェコ語:Obecní dům)
[市民会館は、1906年に建設が始まり、1912年11月22日に完成しました、アール・ヌーヴォー様式の建物で、館内にあるスメタナホールは、プラハで最も大きいコンサートホールです。市民会館は、1918年チェコスロバキアの独立宣言した場所であり、今は、プラハの春音楽祭のメイン会場です。音楽祭は、1946年より始まり、毎年ベドジフ・スメタナの命日5月12日に開幕します。  (「プラハ・市民会館」より)]

[1905年から1911年にかけて建設されたこのアール・ヌーヴォー建築は疑う余地なく、壮麗に装飾されたプラハの建築物のひとつであり、チェコ・アール・ヌーヴォーの結晶です。もともと王族の住居だった場所に建ち、現在では共和国広場の特徴的な顔となっています。中世の時代、その当時最も重要な交易ルートのひとつが広場を横切り、チェコの戴冠式行進もここを起点とし、伝統的に執り行われました。現在、市民会館に密着してそびえるゴシック様式火薬塔のみが、その当時を知る建物として残っています。
この建築物は1905年から1911年に建築家アントニーン・バルシャーネクとオスヴァルド・ポリーフカの設計により、近接したドイツ住民の会館やカジノ、ナ・プシーコピェ通りにあったドイツ地区に対抗する形で、チェコ人の文化生活の場として建設されました。市民会館は多数の独立した部屋からなります。2つのレストラン、カフェ、バー、セレモニーの催される多数の広間、そして大きなコンサートホールなどです。またフレスコ画や彫刻に始まり、モザイク、装飾タイル、家具、垂れ幕、シャンデリア、また細かな装飾で言えば、ドアノブや格子に及ぶまで、いたるところにアール・ヌーヴォーの特徴が見てとれます。
市民会館の歴史はロマネスク様式ロタンダやゴシック様式の古い建造物に比べると時代の浅いものです。しかしチェコの歴史上重要な出来事の2つを目撃しています。ひとつはまさにこの地で、1918年にチェコがオーストリア・ハンガリー帝国から独立を宣言し、チェコスロヴァキア共和国の建国がなされたこと、それからしばらくして、1989年にのちの大統領ヴァーツラフ・ハヴェルが、その直後崩壊することになる共産主義政権代表と会合を持ったのもこの地でした。  (「市民会館(Municipal House) – チェコ共和国 オフィシャル …」より)]

スメタナホール(市民会館)平面図(「More details on the Party venue – IMC 2014」より)

1. Smetana Hall
2. Sladkovsky Hall and Dinning Rooms
3. Riegr Room
4. Palacky Hall
5. Gregr Hall
6. The Oriental Room
7. The Confectionery

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カバールナ・オベツニー・ドゥーム(Kavárnaobecnídům)
[市民会館の1階にあるアール・ヌーボー調の華やかなカフェ。週末には必ず生演奏があり、オープン・エアも含め、多くの人で賑わっています。”朝早くの朝食から、おやすみ前のカクテルまで”を謳い、遅くまで食事ができるのも魅力。ドリンクは、ノン・アルコール、アルコールを含めて数多く取り揃えており、目の前で選ぶことのできるケーキ・デザートは嬉しいかぎりです。観光には欠かすことのできない、市民会館スメタナ・ホールで行われるコンサート前後に出かけるのに最適です。  (「Kavárnaobecnídům 市民会館にある、アールヌーボー調の華やかなカフェ」より)]

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Municipal House – Google Map 画像リンク

カメラ西北西方向がスメタナホール(市民会館)です。

スメタナホール(市民会館)エントランスのストリートビューです。

スメタナホール(市民会館)内のカメラです。

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