ニシム・ドゥ・カモンド美術館

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[Google アートプロジェクト] – 「ニシム・ドゥ・カモンド美術館

ニシム・ドゥ・カモンド美術館(英語:Musée Nissim de Camondo、フランス語:Musée Nissim-de-Camondo)
[19世紀の終わり、トルコ系のユダヤ人銀行家の家に生を受けたモイズ・ドゥ・カモンド伯爵(1860-1935)がモンソー公園を望む地に建てた邸宅は、世紀末の個人邸宅の雰囲気を残す数少ない邸宅である。彼の父は第二帝政当時ロートシルト家(英語読みならロスチャイルド家)、ペレール家など巨大銀行家たちが暮らしていたパリ17区に邸宅を構えた。この両親の死後、邸宅を継いだ伯爵はなんとヴェルサイユ宮殿プチ・トリアノン宮を模した新しい邸宅を建てることを構想し、実現した。そして彼の眼鏡に適った調度品や芸術品を心ゆくまで集めた。 子煩悩であった彼は第一次世界大戦時の空中戦で息子ニシムが戦死すると、世間から遠ざかるようになってしまった。だが、美術品の蒐集への情熱は衰えなかったという。それが心に空いてしまった穴をわずかばかり埋め合わせるものだったのかもしれない。伯爵の死後、すべてのコレクションと邸宅は装飾美術協会(現装飾美術館)と国家に遺贈され、伯爵の息子の名を冠したニシム・ドゥ・カモン美術館へと至った。 彼が集めた美術品もさることながら、やはり見どころは邸宅である。広い玄関ホール、荘重なマホガニーの事務机、総タイル張りのキッチン、銅製の菓子の焼き型、食堂のテーブル、空圧式エレベーター、書斎、グラン・サロン、ジョルジュ・ジャコブが作った家具、サロン・ド・ユエット、伯爵と子どもたちの部屋、図書室、浴室(・・・と一体何部屋あるのか・・・)。そんな洗練された家の中にある伯爵の二人の息子の写真が配された場所は、伯爵存命当時のままだという。戦争がなければここまで美術収集にのめりこまなかったのかもしれない。窓の外のモンソー公園の緑がまぶしく見える。  (「ニシム・ドゥ・カモンド美術館(パリ) | フランス観光 公式サイト」より)]

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カメラ北北西方向がニシム・ドゥ・カモンド美術館です。

ニシム・ドゥ・カモンド美術館中庭のカメラです。

ニシム・ドゥ・カモンド美術館内のカメラです。

ニシム・ドゥ・カモンド美術館厨房のカメラです。