ガバナーズ島

マーカーはジェイ砦 (Fort Jay)です。

ガバナーズ島
[ガバナーズ島(Governors Island)は、アッパー・ニューヨーク湾マンハッタン島南端から約半マイル(1 km)離れたところに位置する島である。ブルックリンからはニューヨークマンハッタン区に所属している。
この島の物理的形状は20世紀初頭の間に大きく変貌している。IRT地下鉄(Early history of the IRT subway)の工事によって生じた土砂を用いて、陸軍工兵司令部の監督の下、ガバナーズ島の南側が4,787,000立方ヤード分の堆積物で埋め立てられた。この結果、1912年までに103エーカー(42 ha)の樹木のない平地が加わり、この島の総面積は172エーカー(70 ha)となった。
マンハッタン地域のネイティブアメリカンはこの島を’木の実の島’ (nut island) を意味する”Paggank”と呼んでいた。これは、おそらく、この島がヒッコリーオーククリの木が豊富に植生していることから来ている。オランダ人探検家のアドリアン・ブロックは、Paggankをオランダ語で”Noten Eylant”と翻訳し、さらに後に英語に翻訳され”Nutten Island”と呼ばれた。この島の現在の名前は、1784年に制定された。その由来は、イギリス植民地議会がこの島をニューヨーク州総督(ロイヤル・ガバナー)のために独占的に使用ことを決めたことにある。
この島は、1776年に大陸軍部隊によりアメリカ独立戦争中の防衛機能を担うようになり、イギリス艦船を砲撃するために用いられた。1783年から1966年まで、この島はアメリカ陸軍駐屯地であった。1966年から1996年まで、この島はアメリカ沿岸警備隊の主要施設として用いられた。
2001年2月19日、この島の三つの歴史的な要塞のうちの二つ、ジェイ砦 (Fort Jay) およびウィリアムズ城 (Castle Williams) がナショナル・モニュメントに指定された。2003年1月31日、この島の150エーカー (61 ha)の部分はニューヨーク州に$1で譲渡された。残りの22エーカー (8.9 ha)の部分はアメリカ合衆国内務省に譲渡され、ガバナーズ島ナショナル・モニュメント (Governors Island National Monument) としてアメリカ合衆国国立公園局によって管理・運営されている。
2012年5月24日、マイケル・ブルームバーグ市長は、再建されたウィリアムズ城の開園、およびランドスケープ・デザイン事務所(Landscape design)WEST8の設計による新しい公園と公共空間の建設着工を発表した。
国定歴史建造物に指定されている地区は、島の北側の約92エーカー (37 ha)のエリアで、夏から初秋までの数ヶ月間、一般に開放されている。この島の周回道路もまた一般に開放されている。この島へのアクセスは、マンハッタンとブルックリンからそれぞれフェリーが出ている。  (wikipedia・ガバナーズ島より)]

フォート ジェイ – Google Map 画像リンク」「ガバナーズ島国立記念碑 – Google Map 画像リンク」「フォート ジェイ – Google Map 画像リンク」「ウィリアムズ城 – Google Map 画像リンク

ガバナーズ島フェリーポートのストリートビューです。

カメラ西方向がジェイ砦 (Fort Jay)です。

ジェイ砦 (Fort Jay)内広場のカメラです。

カメラ西方向がウィリアムズ城 (Castle Williams)です。

ウィリアムズ城 (Castle Williams)広場のカメラです。

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