ダコタ・アパート(Dakota Apartments)

マーカーはダコタ・アパート(Dakota Apartments)です。

ダコタ・アパート(Dakota Apartments)
[ジョン・レノンヨーコ・オノと住んでいたニューヨークで最も古い高級アパートメントのひとつです。(1884年完成の古典的スタイルの建築物です。)このアパートの前でジョン・レノンは射殺されたことで知られます。現在もオノ・ヨーコが住んでいるとのこと。映画「ローズマリーの赤ちゃん」の舞台です。入居審査が厳しくかなりのお金持ちでないと住むことができず警備も厳重で建物内部へは入ることができません。  (「ニューヨーク観光情報:観光名所・ランドマーク」より)]

[22時50分、スタジオ作業を終えたレノンとヨーコの乗ったリムジンがアパートの前に到着した。2人が車から降りた時、その場に待ち構えていたマーク・チャップマンが暗闇から「レノン?」と呼び止めると同時に拳銃を両手で構え5発を発射、4発がレノンの胸、背中、腕に命中し、彼は「撃たれた! (I’m shot!) 」と2度叫びアパートの入り口に数歩進んで倒れた。警備員は直ちに911番に電話し、セントラル・パークの警察署から警官が数分で到着した。
警官の到着時にレノンはまだ意識があったが、既に大量出血し、一刻を争う危険な状態であった。そのため、2人の警官が彼をパトカーの後部に乗せ、近くのルーズヴェルト病院に搬送した。1人の警官が瀕死に陥っていたレノンの意識を保たせるため質問すると、声にならない声で、自分がジョン・レノンであること、背中が痛いことを訴えたというが、彼の声は次第に弱まっていった。病院到着後、医師は心臓マッサージと輸血を行ったが、レノンは全身の8割の血液を失い、失血性ショックによりルーズヴェルト病院で23時過ぎに死亡した。レノンの死亡時に病院のタンノイ・スピーカーから流れていた曲はビートルズの「オール・マイ・ラヴィング」だったという。
ダコタ・ハウスからすぐのセントラルパークにあるレノンを偲ぶ「イマジンの碑」wikipedia-photo  (wikipedia・ジョン・レノン – ジョン・レノン殺害事件より)]

ダコタ・ハウス – Google Map 画像リンク

カメラ北北西方向がダコタ・アパート(Dakota Apartments)です。

カメラ北方向がダコタ・アパート(Dakota Apartments)です。

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