リトル・イタリー

マーカーはカメラ位置です。

リトル・イタリー
[リトル・イタリーと呼ばれる場所はアメリカカナダにいくつかあるが、このマンハッタンのものが特に有名である。
南はベイヤード・ストリート (Bayard street)、北はブリーカー・ストリート (Bleecker Street)、西はラファイエット・ストリート (Lafayette Street)、東はバワリーまでの地域を言ったが、20世紀半ばより多くのイタリア系アメリカ人がほかの地区や郊外に引っ越すようになり、リトル・イタリーは縮んできている。現在は、キャナル・ストリートとケンメア・ストリート (Kenmare street) の間の、マルベリー・ストリート (Mulberry Street) をメインとする数ブロックとなっている。近隣はチャイナタウンに飲み込まれ、アジア系移民が多く住む場所ともなってきている。
リトル・イタリーはマルベリー・ベンド (Mulberry Bend) に端を発している。1910年にこの地区のイタリア人人口は約10,000人に達し、ピークを迎えた。20世紀に入る頃には、第14区 (Fourteenth Ward) の住人の90%はイタリア生まれか、イタリア系であった。
第二次世界大戦後、ロウアー・イースト・サイドに住む多くの移民たちはブルックリンスタテン・アイランドロングアイランドおよびニュージャージーへと移っていった。1965年移民国籍法 (Immigration and Nationality Act of 1965) によって移民制限が撤廃された後、中国系移民が大量にこの地区に住み着くようになった。現在では、アップタウン・マンハッタンのイタリアン・ハーレム(Italian Harlem)の方が、リトル・イタリーよりもイタリア系人口が多い。
2006 FIFAワールドカップでのサッカーイタリア代表の優勝を祝福するリトル・イタリーの人々」・wikipedia-photo、「サン・ジェナーロ祭でのリトル・イタリー」・wikipedia-photo、1892年開業のFerrara Cafe・wikipedia-photo  (wikipedia・リトル・イタリー (マンハッタン)より)]

Feast of San Gennaro, Little Italy, NY – Google Map 画像リンク

カメラ位置はマルべリー・ストリート/グランド・ストリート交差点です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*