ケベック州議会議事堂

マーカーはケベック州議会議事堂です。

ケベック州議会議事堂(Parliament Building (Quebec))
[1604年にサミュエル・ド・シャンプランにより最初の定住植民地が開拓され、1608年にはヴィル・ド・ケベック(現在のケベック・シティー)が建設された。ケベック植民地が創設されたことによりフランス人による開拓が進み、1642年にはヴィル・マリー(後のモントリオール)市が建設された。「ヌーヴェル・フランス」(北米フランス植民地)はミシシッピ川流域にまで及んだ。その後、イギリスフランスの間での北米の覇権争いが続いた。18世紀の七年戦争(特に北米での戦争を「フレンチ・インディアン戦争」と呼ぶ)により、ケベックが英軍に占領され、パリ条約_(1763年)でイギリス領となった。当時のフランス系住民は約6万であった。しかし、英国議会が制定したケベック法により、フランス民法典やローマ・カトリックの存続が認められ、フランス色が残った。このため、カナダは英語とフランス語を国の公用語としているが、ケベック州では今日までフランス語のみが公用語となっている。1776年にイギリスから独立したアメリカ合衆国は、ケベックの反英感情の強さをテコに連邦参加を呼びかけていたが、当時のケベックの住民はアメリカよりはイギリスに付いていた方が得策と考えていた。1791年にケベックは、アッパー・カナダ(後のオンタリオ州)とロウアー・カナダ(後のケベック州)に分割された。1867年のカナダ自治領(Dominion of Canada)の成立により、ロウアー・カナダ植民地はケベック州となった。  (wikipedia・ケベック州より)]

[カナダで最初の州旗は、1948年1月21日にケベック州議会議事堂前に初めて掲揚された。 ケベックの旗・wikipedia-photo  (wikipedia・ケベック州の旗より)]

[旧市街を取り囲む城壁を見下ろす小高い丘に建っていることから、別名「パーラメント・ヒル」と呼ばれています。  (「カナダ」より)]

[ケベック州議会議事堂は建築家ウジェーヌ·エティエンヌタシェ(Eugène-Étienne Taché )によって設計され、1877年から1886年に建てられました。正面のタワーの高さは、52メートル(171フィート)です。
国会議事堂(ケベック)・wikipedia-photo、国会議事堂の東にあるトゥルニー噴水・wikipedia-photo]

国会議事堂 – Google Map 画像リンク」「ヴィル・マリー広場 – Google Map 画像リンク

カメラ南西方向がケベック州議会議事堂です。

ケベック州議会議事堂議場のカメラです。

ケベック州議会議事堂図書館内のカメラです。

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