シャトー・フロンテナック

マーカーはシャトー・フロンテナックです。

シャトー・フロンテナック
[シャトー・フロンテナック(仏:Château Frontenac)は、カナダケベック・シティーのランドマークにもなっている伝統ある高級ホテル。ホテルの正式名称は「フェアモント・ル・シャトー・フロンテナック」(Fairmont Le Château Frontenac)。セントローレンス川沿いに立地しており、緑青の吹いた銅葺き屋根とレンガの壁に窓の白い縁飾りが特徴の、フレンチ・ロマネスク風の建築である。建て増しの結果、高層棟とそれを取り囲む5棟の低層棟で構成されており、合計で600の客室をもつ。1953年、アルフレッド・ヒッチコックが制作した映画『私は告白する(I confess)』の舞台にもなった。カナダ太平洋鉄道(CPR)社主であったウィリアム・コーネリアス・ヴァンホーン(William Cornelius Van Horne)の発案により、鉄道会社が富裕層の利用客を惹きつけるために、贅沢な旅行を奨励する施策の一環として建てられたのが起こり。19世紀後半から20世紀初頭にかけて建てられたシャトー・スタイル(”Château” Style)ホテルのうちの1つで、アルバータ州の「バンフ・スプリングス」とともに、社主と親しかった建築家ブルース・プライス(Bruce Price)による設計。史跡のシタデル(Citadelle)からほど近い場所に17世紀後半より建設が始められ、1893年に開業した。ヌーヴェル・フランス総督(1672年-1682年、1689年-1698年)であったフロンテナック伯爵ルイ・ド・ブアド(Louis de Buade de Frontenac)の爵名に由来してホテル名とした。1943年8月、英国首相・ウィンストン・チャーチルとアメリカ大統領・フランクリン・ルーズベルト第二次世界大戦における戦略を話し合ったケベック会議(会場:シタデル)で、多くの来賓はこのシャトー・フロンテナックに滞在した。この時、カナダからは当時のカナダ首相・ウィリアム・ライアン・マッケンジー・キングが招待されている。ホテルはセントローレンス川を見下ろす岬の高台にあり、眺めが非常に良い。七年戦争(別名:フレンチ・インディアン戦争)の舞台にもなった1759年9月のアブラハム平原の戦場近くでもある。現在はトロントに本社を置くフェアモント・ホテルズ・アンド・リゾーツにより運営されている。
「シャトー・フロンテナック」・wikipedia-photo、「初期の建築を示す1910年頃の絵はがき。この後拡張され中央部の高層部分が建設された」・wikipedia-photo  (wikipedia・シャトー・フロンテナックより)]

シャトー・フロンテナック – Google Map 画像リンク」「Art Gallery of the Château Frontenac – Google Map 画像リンク

カメラ南南東方向がシャトー・フロンテックで、カメラ西北西方向がダルム広場です。

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