太っちょマルガレータの塔(エストニア海洋博物館)

マーカーは太っちょマルガレータの塔です。

太っちょマルガレータの塔(エストニア海洋博物館・Estonian Maritime Museum)
[ヘルシンキからのフェリーや高速船が発着するタリン港から西へ、旧市街を目指して進んで行くと、まず大きな砲塔が目に入ってきます。 「太っちょマルガレータ」という愛称を持つ砲塔で、高さ20メートル、直径24メートル、壁の厚さは4.7メートル、銃眼は150以上。1511年から1529年にかけて、タリンの海の玄関口を守る為に建てられました。 しかし18世紀にエストニアロシア帝国領となり、更に1808年のフィンランド戦争の結果フィンランドもロシアの属領(フィンランド大公国)になると、バルチック艦隊フィンランド湾の制海権を掌握し、タリンが海からの攻撃にさらされる恐れはなくなります。役割を失った砲塔は、倉庫や兵舎、あるいは監獄として利用され、その頃から「太っちょマルガレータの塔(Paks Margareeta)」と呼ばれるようになりました。「太っちょマルガレータ」とは、囚人の世話をした太った女性の名前だという説と、3階部分に据えてあったずんぐりとした大砲のことだという説があります。1917年のロシア革命の際に火事になり、その後60年間は放置されていましたが、1978年に修復され、現在はエストニア海洋博物館(Eesti Meremuuseum)となっています。  (「エストニア名所図会 – タリン – 旧市街 – 下町 「太っちょマルガレータの塔」」より)]

[タリンのもっとも重要な出入り口を守るため、1529年に建てられた砲塔で、直径24m、壁の厚さは4.7mにもなる。1917年のロシア革命の混乱時に火災に遭い、廃墟となったが、その後修復され現在は海洋博物館になっている。ここが監獄として使われていた頃、囚人の食事を切り盛りする太ったおかみさんがいて、彼らから親愛の情をもって慕われていて、彼女の名がマルガレータ。塔の愛称は彼女の名に由来すると伝えられている。  (「エストニア(14) ふとっちょマルガレータと三人姉妹 : ヤスコヴィッチのぽ」より)]

カメラ南南東方向が太っちょマルガレータの塔(エストニア海洋博物館)です。

カメラ北北東方向が太っちょマルガレータの塔(エストニア海洋博物館)です。

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