聖マリア大聖堂(トームキリク・Toomkirik)

マーカーは聖マリア大聖堂(トームキリク・Toomkirik)です。

聖マリア大聖堂(トームキリク・Toomkirik・St Mary’s Cathedral)
[国会議事堂やアレクサンドル・ネフスキー大聖堂のある広場の北側からToom-Kooli通りに入り、緩やかな坂道を登っていくと、トームペアの最高地点に到達します。この象徴的な場所にそびえるのが、エストニアを代表するルター派教会「聖マリア大聖堂」。地元では単に「大聖堂(トームキリク、Toomkirik)」と呼ばれています。この辺りはキリスト教化される以前から、エストニア神話の英雄・カレフ王の陵墓があったとされる神聖な場所でした。1233年には既に教会があったことが分かっており、1219年のデンマークによる占領の直後に建てられたとも考えられています。もしそうだとすれば、エストニア最古の教会ということになります。「トームキリク」の「トーム」とはドイツ語で大聖堂のこと。「トームペア」という丘の名前も、この大聖堂に由来します。現在の建物のオリジナルは、14世紀に建てられました。17世紀後半の大火災で消失しましたが、その後100年かけて復元され、18世紀後半にはバロック建築の尖塔が建てられました。高さ69メートルのこの尖塔に登ることもできます。内部の床が周りの地面よりも低くなっているのは、当初の地表の高さがそのままになっているためです。この教会には近世近代の武器が展示されているほか、13世紀以降の歴史上の人物たちの墓所にもなっています。  (「エストニア名所図会 – タリン – 旧市街 – 山の手・北部」より)]

[地元では「トーム教会」と呼ばれている、トーンペアの丘に建つルター派の教会です。13世紀に建造されたこの純白の教会は何度も修復が繰り返され、随所に様々な建築様式を見ることができます。教会の床には13~14世紀前半のものと見られる墓石が横たわり、北欧戦争でスウェーデン軍を率いたポンタス・ド・ラ・ガーディ、ロシアの最初の世界探検を率いたドイツ人のアダム・ヨハン・フォン・クルーゼンステルンや、エカテリーナ女帝の愛人と噂されたスコットランド出身のサミュエル・グレッグ将官などが埋葬された教会としても知られています。バロック建築の塔は1770年代に増築されたものです。  (「タリン | DTACエストニア観光情報局」より)]

カメラ北西方向が聖マリア大聖堂(トームキリク・Toomkirik)です。

聖マリア大聖堂(トームキリク・Toomkirik)身廊のカメラです。

聖マリア大聖堂(トームキリク・Toomkirik)祭壇前のカメラです。

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