ホーエ通り

マーカーはホーエ通りです。

ホーエ通り
[ケルンのシンボルといえるのがケルン大聖堂ですが、この大聖堂の南に延びるホーエ通り(Hohe Straße)、さらにシルダーガッセ(Schildergasse)に沿ってノイマルクト(Neumarkt)へ向かうあたりが賑やかな繁華街となっています。写真(画像リンク)はシルダーガッセの繁華街です。日曜日の午後4時半くらいですので店はほとんど閉まっています。しかし、繁華街のあちこちに歴史を感じさせる建物が点在していて興味深いところでした。  (「ケルンの町で : 怠け者の備忘録」より)]

[ホーエ通りは、旧市街(Altstadt-Nord)地区のケルン市内中心部にある長さ680メートルの商店街です。シルダーガッセ(Schildergasse)にアクセスできるWallrafplatzとホーエ・プフォルテ(Hohe Pforte)通りの間の南北方向の歩行者専用ゾーンとして位置しています。2019年、ホーエ通りはドイツで5番目に人気のある商店街でした。
ホーエ通りの起源はローマ帝国時代にあります。 今日のコースは、現在のデクマヌスマキシマス(東西軸、ケルンシルデガッセ)に直接接続されているメインストリートである旧ローマカルドマキシマス(南北軸)に基づいています。
ローマの軍事道路の南北軸の一部として、ホーエ通りはケルン市で最も歴史的な通りの1つです。創立されてからほぼ2千年が経過しましたが、そのコースと交差または交差する道路の位置はほぼ現状のままです。
第二次世界大戦での多数の空襲、特に1942年5月30/31と1945年3月2日、によりホーエ通りは崩壊しました、そのため、いくつかの例外を除いて、建物に全損傷が発生しました。第二次世界大戦で地域の約90%が破壊されるまで、ケルン市内中心部のレイアウトは中世のままでした。ホーエ通りの幅がわずか8メートルと狭いため、ほとんどの区画が道路をユニークなものにしました。狭い、主に4階建ての家には、歴史主義のスタイルで強大な角の建物が並んでいました。
1948年、ホーエ通りはドイツで最初に自動車通行が禁止された商業通りの1つでした。当初、午前5時から10時までの配送車両のみ許可されていました。1967年9月29日に歩行者ゾーンが開かれたとき、このオプションも存在しなくなり歩行者専用通りとなりました。
全長683メートルのホーエ通りは、世界で最も有名で活気のある商店街の1つに発展しました。わずか8メートルという狭い通りの幅と両方向への人の流れが絶え間ないため、屋外での食事は脇道でのみ可能です。
多くの新しい建物と大規模なファサードの再設計により、近年の建築品質が大幅に向上しました。]

Hohe Str. – Google Map 画像リンク

ホーエ通りのカメラです。

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