レヴェリン要塞

マーカーはレヴェリン要塞です。

レヴェリン要塞
[レヴェリンは城壁から離れていますが、プロッチェ門の防衛設備の一部を成しています。
1463年、要塞の下の部分が建設されました。それは、ニコラ・ボジダレヴィッチの1500年頃の作品、三幅対の絵画にある、聖ヴラホの手の中の町の絵にも見られます。要塞は、町の東の陸側と、港の入口を守っていました。1538年、ベルガモ出身の技術士アントニオ・フェラモイリンの手引きにより、要塞は拡大、強化され、不規則な四角形になりました。
レヴェリンには入口が三つありますが、三方を掘りと海に囲まれている形をとっていました。ルネサンスの有名な鋳造業者イヴァン・ラブリャニンは、要塞の内部の広い場所に、大砲と鐘を鋳造する釜を持っていました。今日、ドゥブロヴニク・サマー・フェスティヴァルでは、要塞の広いテラスで、様々な劇が上演されています。  (「レヴェリン要塞 – Turistička zajednica grada Dubrovnika」より)]

[プロチェ門は内側のゲートと外側のゲートが橋で繋がれた二重構造になっています。この外側のゲートのアーチ下の目立たない扉がこちらの常設展示の入り口。
一応、立て看板というかポスターというかが出されていますが、ここに何かがあると知らなければほぼ間違いなく素通りするのではないかと思わざるをえない、大変控えめな入り口です。それどころか、展示会場とわかっていてもなお入りづらいくらいの控えめぶりです。裏口風というか、スタッフ専用入り口風というか。
ですが、一歩足を踏み入れると普通に博物館らしい雰囲気になっていますのでご安心ください。
さて、レヴェリン要塞は、数度の建て替えを経て、年代によってその姿を大きく変えています。時代によっては、要塞が鋳造所を兼ねていたこともあるそうで、こちらでは当時の建物の一部(前〜初期ロマネスク建築様式の柱や祭壇、鋳造所の炉など)が展示されています。
レヴェリン要塞の変遷を中心とした展示ではありますが、この展示を通じてドゥブロヴニクがたどってきた歴史を垣間見ることができるのも大きな魅力の一つ。考古学や中世の攻城戦、国家戦略などに興味のある方には面白い内容なのではないでしょうか。
なおこちら小規模な展示であることに間違いはないのですが、それでも、中に入ると意外と広く、鐘や砲弾の鋳造所(鍛冶や石工の住居でもあったそうです)として利用されていた時の炉が丸ごと再現されています。今でこそ、肌寒くて薄暗い穴倉のような雰囲気ですが、ここに火が入っていた当時の作業の様子を思い浮かべながら眺めると、これはこれでなかなかに迫力が感じられるように思います。  (「レヴェリン要塞考古学常設展示: Archaeological exhibitions in Revelin Fort」より)]

[15 世紀に城壁の外側に建設された、レヴェリン要塞。要塞とは敵の攻撃から都市や港を守るために築かれた施設。
今、この大きな砦には博物館が入り、コンサート会場、ナイトクラブとしても使用されている。そして、Culture Club Revelin(カルチャークラブ・レヴェリン)はここにある。  (「15 世紀の要塞にあるクラブ?Culture Club Revelinとは | PARTY …」より)]

レヴェリン要塞 – Google Map 画像リンク

城壁ウォークからのカメラで、カメラ東北東方向がレヴェリン要塞です。

カメラ東北東方向がレヴェリン要塞です。

レヴェリン要塞サイド橋下の360citiesです。