ツヴィンガー宮殿(アルテ・マイスター絵画館)

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アルテ・マイスター絵画館
[アルテ・マイスター絵画館(独: Gemäldegalerie Alte Meister)はドイツドレスデンに位置する美術館。日本では「古典絵画館」、「古典美術館」といわれることもある。ドレスデン美術館を構成する12の美術館の一つで、ザクセン州が管理している。
コレクション
アルテ・マイスター絵画館が所属する絵画群は15世紀から18世紀のものがほとんどで、特に17世紀のルネサンス期、バロック期のイタリア絵画、オランダ絵画、フランドル絵画が主要なコレクションとなっている。また、これらの他にもドイツ、フランス、スペインの著名な画家たち(アルテ・マイスター)の作品が所蔵されている。2008年には536,000人がこの美術館を訪れた。
歴史
コレクション
絵画のコレクションは、16世紀にザクセン選帝侯が自身の「驚異の部屋」を設立したのが最初である。しかしながら絵画の重要度は低く、科学関連、絵画以外の芸術作品などのほうが、より積極的に収集されていた。絵画を系統立てて収集し始めたのは、ザクソン選帝侯アウグスト1世(在位:1694年 – 1733年)とその息子アウグスト2世(在位:1733年 – 1763年)である。
1720年代にポーランド王室から多くの絵画が不法にコレクションに加えられた。レンブラントの『黒いベレー帽を被り髭を生やした男の肖像 (1657年)』、『真珠で飾った帽子を被る男の肖像 (1667年)』もポーランドから不法に収奪された絵画で、もともとはワルシャワ王宮 (Royal Castle, Warsaw)に所蔵されていたものである。
1745年にはモデナフランチェスコ3世・デステの私有コレクションから、価値ある100枚の絵画が追加された。このような絵画コレクションの急速な増加によって、より大きなスペースが収蔵と展示のために必要となる。聖母教会の近くに、選帝侯居城(シュタールホーフ)が建造され、1747年からはそこで絵画が展示されるようになった。
このコレクションはヨーロッパでも価値あるものとして認められるようになり、イタリア、パリアムステルダムプラハなどヨーロッパ各地から、絵画がコレクションに加えられている。特に1754年に加えられたラファエロ作の『システィーナの聖母(サン・シストの聖母)』は、コレクションの価値を増大させた。
第二次世界大戦で、それまで絵画が展示されていたギャラリーが1945年2月13日のドレスデン爆撃で深刻な被害を受けた。しかしながら絵画は別の場所に移管されており、ほとんどの絵画は無事だった。この模様は洞窟に隠されているのを赤軍が発見したと、ソ連・東ドイツ共同制作の映画『ドレスデンの五日間』(Five Days, Five Nights)に共産党のプロパガンダ風に描かれている。第二次世界大戦終了後、ドレスデンはソヴィエトの占領下となり、このときに多くの絵画がモスクワキエフへと持ち去られた。これらの絵画は1955年、1956年にドイツ民主共和国(東ドイツ)へ返還されたが、多数の絵画が行方不明になり、中には破棄されてしまったものもある。再建工事の結果、1960年に美術館として再開館した。
ザクソン選帝侯アウグスト1世, ルイ・デ シルヴェストル画(1718年)・wikipedia-photo、『黒いベレー帽を被り髭を生やした男の肖像』と『真珠で飾った帽子を被る男の肖像』・wikipedia-photowikipedia-photo
ギャラリー
1844年に建築家ゴットフリート・ゼンパーの設計をもとに、エルベ川近くのドレスデン中心部に建設された。ドレスデン出身の彫刻家エルンスト・リーチェル、エルンスト・ハーネルが前面の彫刻を手がけている。北正面は古典的なテーマで、南正面はキリスト教をテーマにしたモチーフで表現されている。扉は重厚な木製のもので、上部はキューピッドプシュケが描かれた石のレリーフで飾られている。
ギャラリーは新古典主義様式の建物で、ギャラリーの南側はツヴィンガー城 (Zwinger)の中庭に面しており、北側は同じくゼンパーが設計した歌劇場ゼンパー・オーパーに隣接している。ドレスデン城 (Dresden Castle)、カトリック旧宮廷教会 (Katholische Hofkirche) といった有名な建築物も至近の場所にある。
有名な所蔵絵画
ジョルジョーネ眠れるヴィーナス』, 1508年/1510年」・wikipedia-photo、「ラファエロ 『システィーナの聖母』, 1512年/1513年」・wikipedia-photo、「ティツィアーノ 『貢の銭』, 1516年頃」・wikipedia-photo、「ピントゥリッキオ 『少年の肖像』」・wikipedia-photo、「ベルナルド・ベッロット 『アウグスト橋下流のエルベ川右岸から見たドレスデン』, 1748年」・wikipedia-photo、「レンブラント 『ガニュメデスの誘拐』, 1635年」・wikipedia-photo、「ルーベンス 『ニンフとサトゥルヌスに導かれながら、酔っ払うヘラクレス』, 1613年/1614年頃」・wikipedia-photo、「ヴァン・ダイク 『赤いフカーフをつけた、鎧姿の総司令官の肖像』, 1625年/1627年頃」・wikipedia-photo、「ヤーコブ・ヨルダーンス 『正直者を探すディオゲネス』 1642年頃」・wikipedia-photo、「フェルメール窓辺で手紙を読む女』, 1659年頃」・wikipedia-photo、「クラナッハ(父) “『イヴ』, 1531年」・wikipedia-photo、「ハンス・ホルバイン 『モレット卿、シャルル・ド・ソリエの肖像 (1480/81-1564)』, 1534年/1535年」・wikipedia-photo、「フランシスコ・デ・スルバラン 『祈るボナヴェントゥラ』, 1628年/1629年」・wikipedia-photo、「ニコラ・プッサン 『パンとシュリンクス』, 1637年」・wikipedia-photo、「ホセ・デ・リベーラ, 『聖ペテロの解放』, 1642年」・wikipedia-photo  (wikipedia・アルテ・マイスター絵画館より)]

ゼンパーギャラリー – Google Map 画像リンク」「アルテ・マイスター絵画館 – Google Map 画像リンク

アルテ・マイスター絵画館前のカメラです。

アルテ・マイスター絵画館展示ルームのカメラで、カメラ北西方向下に、ルーベンス 『ニンフとサトゥルヌスに導かれながら、酔っ払うヘラクレス』があります。