ドイツ連邦軍軍事史博物館

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ドイツ連邦軍軍事史博物館
[ドイツ連邦軍軍事史博物館(ドイツ語: Militärhistorisches Museum der Bundeswehr (MHM) 英語: Bundeswehr Military History Museum)は、ドレスデンのアルベルトシュタット地区に建つヨーロッパで最も規模の大きい軍事史博物館の一つであり、ボンにある歴史の家やベルリンドイツ歴史博物館と並んでドイツ三大歴史博物館の一つである。 2011年10月、米国の建築家ダニエル・リベスキンドの設計により改築され、再開館した。
1873年から1877年までドレスデンのオルブリヒト広場に兵器庫が設立され、アルベルトシュタット地区の中心施設となった。地上階にはザクセン王国軍所有の大砲が、その上階には小銃や剣の保管庫が設置されていた。1877年5月1日アルベルトシュタットの兵器庫の竣工に伴い、それまでブリュールのテラスに建っていたドレスデン武器庫は閉鎖され、その後アルベルティヌムに改築された。
1914年ザクセン王国軍博物館として使用された。第一次世界大戦後、軍用保管庫としての機能は無くなり、産業会館として様々な企業に貸し出されたが、本館は軍需品保管のために使用された。
1940年陸軍博物館と改名し1945年まで開館する。第二次世界大戦赤軍に収蔵品を没収され、これらのほとんどがソ連へ運び去られた。そのため博物館は解体した。建物はドレスデン市に移譲され、1967年まで市立博物館別館やクリスマス市会場として使用され、最初のドレスデン復興展の会場にもなった。1961年にポツダム・大理石宮殿で開館したドイツ軍博物館が、1972年にドレスデン兵器庫へ移された。ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)軍博物館と改名され、国家人民軍(旧東ドイツ軍)やワルシャワ条約機構同盟国の歴史が主に展示された。
1990年ドイツ連邦国防省が博物館を引継ぎ、「軍事史博物館」と改名する。1994年当時の連邦国防大臣フォルカー・リューエは、連邦軍の博物館として新たな場を拡大していくことを決めた。しかしながら、常設展示は2003年まで旧東ドイツの雰囲気から脱却できず、階級闘争ドイツの東西対立といったテーマが色濃く出ていた。 2001年新たな展示に向けた建物の改築が決定し、米国の建築家ダニエル・リベスキンドがコンペ当選を果たす。7年間の改築を経て、博物館は2011年10月14日に再開館を果たした。
1945年2月のドレスデン空襲の際、イギリス空軍の爆撃機団はドレスデン旧市街上空をV字形になって飛び爆撃した。建物のくさび先端が指すのは町中心部北西に位置するハインツ・ステアー競技場である。そこはちょうどイギリス空軍の誘導部隊が、重量のあるアブロ ランカスターの爆撃援護のため、目標の印をつけたところであった。
しかし、くさび形はドレスデン爆撃の象徴というだけでなく、展示の新しいコンセプトも表している。年代順展示が入っている旧館の歴史的軍用建築が、時代を越えたテーマ展示の入る現代建築のくさびによって両断され、それは威嚇的な軍事史の継続に切れ目を入れ、新たな視点や問いかけをもつことを示す。 常設展示の内装はハンス・ギュンター・メルツとホルツァー・コブラ―建築事務所によるものである。博物館内には2013年の時点でおよそ1万点の展示品があり、100万点以上の品が保管されている。
博物館は軍事技術史ではなく、現代文化史博物館である。歴史を学び、疑問を投げかけ、考える空間を提供しており、軍事歴史に正面から取り組むことを目的としている。一般的な歴史学の目的と同様、展示の中心には人を据えている。それは、まず人間の本質が戦争の原因と理解されるからである。展示や建築構想に表される暴力の存在や原因といった文化史は、博物館の礎石を成す。
軍事歴史博物館外観・wikipedia-photo、「手編み戦車」展示・wikipedia-photo、格子を通してのドレスデンの眺め・wikipedia-photo、最上階からドレスデンの眺め・wikipedia-photo  (wikipedia・ドイツ連邦軍軍事史博物館より)]

リニューアルオープンした軍事史博物館 – ドイツ生活情報満載!ドイツ .

カメラ北北東方向がドイツ連邦軍軍事史博物館です。

建物のくさび内のカメラです。