ピルニッツ宮殿

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ピルニッツ宮殿
[ドイツの宮殿。ドレスデン郊外のピルニッツに,1720~32年ザクセンのフリードリヒ・アウグスト1世(在位:1806年 – 1827年)がダニエル・ペッペルマンに命じて建てさせた東洋風の宮殿で,「インドの家」と「水の宮殿」に分かれている。「インドの家」には中国,日本,インド風の壁画が描かれ,「水の宮殿」はエルベ川の川遊び用につくられたもの。内側に湾曲したマンサード屋根の形やファサードを飾る壁画は,王の陶器収集趣味を反映している。庭園には江戸時代に日本から取り寄せたツバキヒノキタケなどがある。ピルニッツ宮殿をはじめ,エルベ川沿いの東西約 18kmには 16~20世紀にかけてつくられたモニュメント城,庭園が広がり,その景観は 2004年に世界遺産文化遺産に登録された。しかし,その後橋が建設され著しく景観をそこねたとして,2009年登録を抹消された。 出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について

ドイツの首都ベルリン(Berlin)の南180km、ドレスデン(Dresden)の上流約10kmのエルベ川河畔に建つ、優雅な佇まいの壮大な宮殿。この地に15世紀初めにこの地方の領主が館を建てたのが最初で、17世紀初めに本格的な宮殿となり、17世紀末にザクセン選帝侯ポーランド国王を兼任した「強健王」フリードリヒ・アウグスト1世(ポーランド王としてはアウグスト2世)の所有の宮殿となった。1720年にフリードリヒ・アウグスト1世は大規模な増築に着手した。大規模な庭園の拡張や教会の新築とともに、当時流行した東洋をイメージした山の宮殿(Bergpalais)と水の宮殿(Wasserpalais)を建設した。その後、1818年にもともとあったルネサンス様式の宮殿が火災で焼失し、その後に、山と水の両宮殿と一体感を持った新宮殿(Neue Palais)が建設された。庭園には日本からもたらされた、樹齢230年余といわれる椿の大樹がある。ドレスデンからは陸路バスで行く方法のほか、古い外輪蒸気船(遊覧船)でエルベ川を遡る方法がある。宮殿までの遊覧の所要時間は約1時間半。フリードリヒ・アウグスト1世は、ドレスデンの宮殿からゴンドラを仕立ててこの夏の宮殿に通ったといわれる。その船着き場を通って上陸することができる。 出典 講談社世界の観光地名がわかる事典について  (「ピルニッツ宮殿(ピルニッツきゅうでん)とは – コトバンク」より)]

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ピルニッツ宮殿エルベ川船着き場前のカメラです。

ピルニッツ宮殿チケット売り場前のカメラです。

ピルニッツ宮殿南庭のカメラです。

ピルニッツ宮殿庭園のカメラです。

カメラ位置はピルニッツ宮殿庭園で、カメラ南東方向がピルニッツ宮殿です。

カメラ位置はピルニッツ宮殿庭園で、カメラ東南東方向がピルニッツ宮殿です。