ブリュールのテラス

マーカーはブリュールのテラスです。

ブリュールのテラス
[ブリュールのテラス(Brühlsche Terrasse)は、ドレスデンの歴史的建造物が調和した観光名所です。旧市街の市内中心部に位置し、アウグストゥス橋とカローラ橋(Carolabrücke)の間・エルベ川沿いに約500メートル延びています。ブリュールのテラスはヨーロッパのバルコニーとも呼ばれています。この用語は19世紀初めに造語され、後に文献に広く使われています。
ブリュールのテラスはドレスデンの要塞(Dresdner Befestigungsanlagen)の一部として16世紀に建設されました。
この名前はザクセンの財政を破綻させ、国を七年戦争に巻き込んだ不人気な大臣ハインリッヒ・フォン・ブリュール(Heinrich von Brühl)に由来し、ブリュールの依頼でヨハン・クリストフ・ノーフェル(Johann Christoph Knöffel)が設計建築した要塞には、ブリュールの栄光(Brühlsche Herrlichkeiten)があり、そこにはギャラリー(Brühlsche Galerie)、図書館(Brühlsche Bibliothek)、ベルベデレ(Belvedere)、宮殿(Palais Brühl)、庭園(Brühlscher Garten)が建てられています。 この開発のために、テラスはその軍事的意義を失いました。
1814年、ザクセンの占領下のライプツィヒ総督府近くのライプツィヒの戦いでザクセンを敗北させたロシア帝国のニコライ・グリゴリエヴィッチ・レプニン・ウォルコンスキー(Nikolai Grigorievich Repnin-Volkonski)は、テラスを公開する旨の命令を出しました。
ブリュールのテラス・wikipedia-photo、ブリュールのテラス1761年の計画図・wikipedia-photo、ブリュールテラスから180°の眺め・wikipedia-photo、エルベ川対岸からのブリュールのテラス・wikipedia-photo、1880年頃のブリュールのテラスとパレ・ブルッフルへの階段・wikipedia-photo、「ヨハネス・シリング(Johannes Schilling)作 – エルンスト・リーチェル Ernst Rietschelを称える記念碑」・wikipedia-photo]

カメラ初期設定方向は、ブリュールのテラスからアウグストゥス橋方向のカメラです。

カメラ初期設定方向は、ブリュールのテラスからカローラ橋方向のカメラです。

ブリュールのテラスとパレ・ブルッフルへの階段のカメラです。