青い奇跡の橋 (Blaues Wunder)

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青い奇跡の橋 (Blaues Wunder)
[ドレスデン市東部のBlasewitz地区とLoschwitz地区を結ぶ、エルベ川にかかる橋。全長280m、橋脚間の距離147m、重量3,000トン。正式名称はLoschwitzer Bruecke。当初は緑色であったのが次第に現在の淡青い色に変ったと伝えられ、そのためにBlaues Wunder(青い奇跡)の愛称で親しまれている。ドレスデンでは終戦間際のナチス親衛隊による爆破を免れた唯一の橋。
1893年7月15日落成。建造当時のザクセン国王アルブレヒト(在位:1873年 – 1902年)にちなんでKoenig-Albert-Brueckeと名づけられた。建設費225万マルクは周辺地区住民と国が負担し、通行料で回収していた。歩行者、自転車および電車の乗客は1回2ペニヒ、鶏と鵞鳥も同じく2ペニヒ、馬やロバなどの挽獣は10ペニヒなど。これによる歳入は年間10万マルクに達することがあったという。通行料の徴収は両側のBlasewitzとLoschwitzがドレスデンに合併された1921年に中止された。
1935年にドレスデンのある新聞が、「当初はコバルトブルーとクロームイエローを使って緑色に塗装されていたが、次第に淡い空色に変色したため、Blaues Wunderと呼ばれるようになった」と書いたことから、この愛称で親しまれ、現在にいたるまでこうした由来が好んで伝えられている。しかし、この呼称は建造年の1893年に発行された硬貨にもすでに使われており、緑色から空色になったというのは単なる物語である。フリードリヒ・アウグスト3世(在位:1904年 – 1918年)が1918年に退位し、王制が廃止されたのに伴って橋の正式名称はLoschwitzer Brueckeとなった。
パリエッフェル塔と同じ年に造られたこの橋は一見したところ吊り橋のように見えるが、実際は鉄骨構造体である。Claus Kopkeの設計によるもので、建築物の傑作のひとつとされる。当時の人々は橋脚間の長さが150m近くもあるこの橋自体が自らの重さに耐えるとは信じることができなかったが、重量物を通してもびくともしないのに驚き、それが「Wunder(奇跡)」の背景のひとつになったのではないかと考えられる。
建造後112年を経て、老朽化も進んでおり、これまでと同様な維持管理と16トンという重量制限を続けも今後30年の使用に耐えるのみという。したがって、現在は車輌の通行は総重量15トンまでに制限しており、Schillerplatz側に測定装置を設置して通行車輌の重量や台数を把握している。また、映像装置と組み合わせて車輌の形状なども把握して、公共バスや観光バスを除く違反車輌が確認できるようになっている。市電の通行はすでに1985年から中止されている。  (「青い奇跡の橋-ドレスデン情報ファイル」より)]

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カメラ北東方向が青い奇跡の橋 (Blaues Wunder)です。

カメラ北方向が青い奇跡の橋 (Blaues Wunder)です。

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