コダーイ記念館

マーカーはコダーイ記念館です。

コダーイ記念館
[ハンガリーの代表的な作曲家、コダーイの記念館。  (wikipedia・アンドラーシ通りより)]

[コダーイ・ゾルターン(Kodály Zoltán, 1882年12月16日 – 1967年3月6日)は、ハンガリーの作曲家、民族音楽学者、教育家、言語学者、哲学者。
ケチケメートに生まれ、幼少時代の多くをガラーンタナジソンバト(現在のスロバキアトルナヴァ)で過ごす。父親は熱心なアマチュア音楽家で、コダーイは子供の頃からヴァイオリンの学習を始める。聖歌隊で歌い、また曲を書いたこともあったが、系統的な音楽教育を受けることはほとんどなかった。
1900年、コダーイは現代語を学ぶためにブダペスト大学に入学し、同時にブダペストリスト・フェレンツ音楽大学で音楽を学び始める。
1930年にはブダペスト大学の哲学科で学生に講義を行い、その中の討論で民族音楽の歴史と意義についての議論を深めていった。
コダーイは第二次世界大戦中もブダペストに残り、1942年に教職から退いた。戦争中は「いくさ歌」や「神の奇跡」などペテーフィ・シャーンドルの愛国・革命の詞に対して数曲の作曲をしている。戦闘がブダペストで始まると、修道院に待避し、そこでオルガン曲のミサ・ブレヴィスを合唱・独唱・オーケストラ用に編曲した。
戦争が終わった1945年にはハンガリー国民芸術会議の議長となり、1962年にはハンガリー人民共和国の勲位を受ける。コダーイはその他に国際民族音楽評議会会長、国際音楽教育協会名誉会長の職についた。1956年のハンガリー動乱の際にはナジ・イムレ支持者から大統領候補に推される向きもあった。
コダーイは1967年に亡くなり、ブダペストのファルカシュレート墓地に埋葬された。ハンガリー人の芸術家として最も尊敬され、よく知られたうちのひとりであった。
コダーイの銅像・wikipedia-photo  (wikipedia・コダーイ・ゾルターンより)]

Zoltán Kodály Memorial Museum – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向壁にコダーイのレリーフが設置されています。

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