自由の像

マーカーは自由の像です。

自由の像
[ゲッレールトの丘の上には椰子の葉を掲げた女性を象った高さ14 mの「自由の像」 (Szabadság -szobor) がある。これはソ連軍によってハンガリーファシズムから「解放」されたことを記念して1947年に建てられたものだが、「解放」直後のソ連兵の狼藉やハンガリー動乱(1956年)を経験しているブダペスト市民たちは、共産主義政権下ですら否定的に捉えていたという。台座にはソ連兵の銅像が飾られ、慰霊碑としてかつては戦没者遺族団がソ連から訪問したりもしていたが、共産主義体制崩壊後に銅像は撤去された。
自由の像・wikipedia-photo、自由の像(拡大)・wikipedia-photo  (wikipedia・ブダペストのドナウ河岸とブダ城地区およびアンドラーシ通りより)]

[自由の像(洪:Szabadság-szobor [ˈsɒbɒtt͡ʃɑ̈ːksobor]、サバッチャーグ像とも)とは、ハンガリー語の szabadság [ˈsɒbɒtt͡ʃɑ̈ːɡ](サバッチャーグ)は「自由」、szobor [ˈsobor](ソボル)は「像」の意。ただしSzabadság-szobor と表記すると、szabadság の語末の有声子音の g が続く szobor の無声子音に同化して無声化するため、実際の発音は「サバッチャークソボル」[ˈsɒbɒtt͡ʃɑ̈ːksobor] となる。
初めてこの像が作られたのは1947年で第二次世界大戦中のソビエト連邦の侵攻の記憶として建てられた。
14mの高さを有すこの銅像は26mの高さの台座の上に建っており、ヤシの葉を持っている。二つの小さな像が台の周りに存在しており、この二つを含む像は一時期メメント・パークに所在していた。この像はキシュファルディ・スツローブル・シグモンドによってデザインされ、彼によるとこのデザインはホルティ・イシュトヴァーンの記念として作られたが、ソビエト連邦の修正によりヤシの葉が人間の子供に取って代られている事に気付いたと言う。
ソ連の赤軍による枢軸国ハンガリー王国の占領は、占領軍の立場から「解放」だということにされ、この“解放記念像”の建設に際しては、記念碑にハンガリー語とロシア語で以下の様に記銘された。

A FELSZABADÍTÓ
SZOVJET HŐSÖK
EMLÉKÉRE
A HÁLÁS MAGYAR NÉP
1945

解放者である
ソビエトの英雄達を
記念して
感謝するハンガリー人民
1945年

1989年にハンガリーが社会主義体制から体制転換すると碑文も以下の様に改められた。
MINDAZOK EMLÉKÉRE
AKIK
ÉLETÜKET ÁLDOZTÁK
MAGYARORSZÁG
FÜGGETLENSÉGÉÉRT,
SZABADSÁGÁÉRT
ÉS BOLDOGULÁSÁÉRT

ハンガリーの
独立と
自由と
幸福のために
命を捧げた
者達
全てを記念して
自由の像・wikipedia-photo  (wikipedia・自由の像より)]

カメラ西北西方向が自由の像です。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*