自由橋

マーカーは自由橋です。

自由橋
[自由橋(洪:Szabadság híd [ˈsɒbɒtt͡ʃɑ̈ːkhiːd]、サバッチャーグ橋とも)とはハンガリーブダペストにありブダ地区とペシュト地区とを結ぶドナウ川にかかる橋である。この橋はブダペストにかかる公用の道路橋としては南から三番目にあり、ベルヴァーロシュ(ペシュトの中心街)の南端に位置している。
ハンガリー語の szabadság [ˈsɒbɒtt͡ʃɑ̈ːɡ](サバッチャーグ)は「自由」、híd [ˈhiːd](ヒード)は「橋」の意。ただしSzabadság híd と表記すると、szabadság の語末の有声子音の g が続く híd の無声子音に同化して無声化するため、実際の発音は「サバッチャークヒード」[ˈsɒbɒtt͡ʃɑ̈ːkhiːd] となる。
自由橋の長さは333.6 mで、幅は20.1 mであり、四つの橋脚の上にはハンガリー神話に出てくるトゥルルがあしらわれている。また、橋の両端はゲッレールト山の麓にあるゲッレールト広場とブダペシュト・コルヴィヌス大学の近くにあるフェーヴァーム広場となっている。
橋は1894年から1896年にフェケテハージ・ヤーノシュの計画によって作られた。しかし、完成した橋は計画していた橋と大きく異なる物であり、当時好まれた幾何学的な橋の構造である鎖橋を模した物であった。そして、この橋は1896年8月4日にフェレンツ・ヨージェフ1世ハンガリー王国国王(フランツ・ヨーゼフ1世・オーストリア帝国皇帝)によってペシュト側の橋台部分のリベットが打ちこまれ、竣工し、フェレンツ・ヨージェフ橋と命名された。フェレンツ・ヨージェフ橋は1945年1月16日のラッシュアワー時にブダペストから撤収するドイツ軍が無警告で爆破し、崩壊した。橋の掛け替え工事は1946年春に開始され、1946年7月12日に竣工した。
自由橋のビュー・wikipedia-photo、改修後・wikipedia-photo、奧にゲッレールト山を望む自由橋・wikipedia-photo、自由橋空撮・wikipedia-photo  (wikipedia・自由橋より)]

カメラ西北西方向が自由橋です。

自由橋中央部付近のカメラです。

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