メンデルスゾーン旧宅(メンデルスゾーン・ハウス)

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メンデルスゾーン旧宅(メンデルスゾーン・ハウス、Mendelssohn-Haus)
[現在の3代目ゲヴァントハウス・コンサートホールから徒歩数分の場所に、作曲家フェリックス・メンデルスゾーン・バルトルディ(1809~1847)が暮らし、そして息を引き取った家が残されています。彼は1835年から ―短い中断を経ながらも― 1847年までゲヴァントハウス管弦楽団の楽長(常任指揮者)を務め、1843年には当地にドイツ初の音楽院(音楽大学)を創設しました。かつて暮らしたハンブルクベルリンなど各地の旧宅が失われてしまったなか、この建物はメンデルスゾーンの私邸として唯一現存するものです。
現在では1・2階が世界で唯一のメンデルスゾーン博物館となり、ライプツィヒの音楽史を語る上で欠かすことのできない彼の偉業を顕彰する場として公開されています。2014年の205回目の誕生日に追加された1階展示室では、21世紀の視点から見たメンデルスゾーンの音楽の世界というテーマの下、古風な家具に腰かけ楽曲を聴き、デジタル化された文献をめくり、自筆譜・書簡・楽器などを見学しながらその生涯と作品について知ることができます。造語で「エフェクトリウム(Effektorium)」と名づけられた一室では、マルチメディア楽団・合唱団の前に置かれたデジタル譜面台を使って『序曲「夏の夜の夢」』『緑の森よ』ほかの作品を見学者が実際に指揮したり、室内を歩きながら楽器・声部ごとの響きを聴き分けたりといった世界でもここだけの体験ができます。
そして1844年の建設時のものという古びた木製の階段を上れば、1845~47年にメンデルスゾーンが実際に暮らした2階の住居があります。床材は当時のままに、東西ドイツ統一後に当時の後期ビーダーマイヤー様式の内装が忠実に復原され、再設置された家具の大部分はかつて一家が実際に使用していたものです。ここは19世紀ロマン派時代の雰囲気のままにメンデルスゾーンの私生活を垣間見ることのできる空間で、ゆかりの品々やその画才に驚かされる自作の水彩画といった貴重な資料が公開されています。書斎ではオラトリオエリヤ』が完成されたほか、音楽サロンでは親しい友人たちを招いて「日曜音楽会」が開かれ、シューマン夫妻、ルイ・シュポーアエクトル・ベルリオーズリヒャルト・ワーグナーらが訪れました。旧宅の修復・公開によって「日曜音楽会」も復活し、現在は毎週日曜11:00から様々な演奏家がここで音楽を奏でます。
1階と2階の展示室はメンデルスゾーンの公人の姿と私人の姿、現代的なエフェクトリウム(Effektorium)と伝統的な音楽サロンというように対をなし、時代を超えた彼の業績を讃える誇らしい雰囲気に満ちあふれています。また芝生の緑の鮮やかな奥の庭には旧馬車庫があり、別館としてメンデルスゾーンについての特別展が行われています。  (「観光案内~ライプツィヒ発見 音楽 メンデルスゾーン旧宅」より)]

カメラ南方向がメンデルスゾーン旧宅(メンデルスゾーン・ハウス)です。

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