瀧廉太郎記念碑

マーカーは瀧廉太郎記念碑です。

瀧廉太郎記念碑(Taki-Rentaro-Denkmal)
[文教施設や壮麗な邸宅が建つ音楽地区の一角には、ライプツィヒで音楽を学んだ明治日本の作曲家・瀧廉太郎(1879~1903)の記念碑がひっそりと佇んでいます。これは彼の没後100周年を記念し彼ゆかりの2つの都市・ライプツィヒ市と大分県竹田市の協力によって建碑され、2003年6月27日に除幕されました。
瀧廉太郎はヨーロッパにおける日本人男性初の音楽留学生としてこの地で過ごし、記念碑の場所にあった下宿そばのライプツィヒ音楽院へと通いました。ドイツの街角にぽつんとある日本語の刻まれた記念碑には、短い生涯の中で日本音楽近代化の扉を開いた彼の偉大な業績が讃えられています。肖像部分はライプツィヒ出身の美術家ウルフ・プーダーの作で、碑文の下には瀧廉太郎の住んだ当時の家の外観が描かれています。
【碑文】
日本で敬愛されている作曲家、滝廉太郎(1879-1903)は
1901年から1902年の間、フェルディナンド・ローデ通り7番に
住み、ライプツィヒ音楽院で学んだ。
短い一生の中で数々の名曲を残し、日本の近代音楽の扉を開
いた業績は永遠に輝き続ける。  (「観光案内~ライプツィヒ発見 音楽 瀧廉太郎記念碑/音楽地区」より)]

カメラ北東方向に瀧廉太郎記念碑があります。

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