杉原千畝記念館

マーカーは杉原千畝記念館です。

杉原千畝記念館(住所・30 Vaižganto gatvė, Kaunas, Lithuania・1940年7月18日~9月5日の出来事)
[第二次世界大戦中、外交官であった杉原千畝氏が領事としての任務にあたっていた旧日本領事館です。当時、杉原領事はナチス・ドイツポーランドに侵攻し、生命の危機にさらされたポーランドに住むユダヤ人シベリア鉄道経由での亡命を手助けするために、当時のオランダ領事であったヤン・ツバルテンディックと連携し、日本政府の意に反して「命のビザ」とも呼ばれた日本通過ビザの発給を行いました。領事館だったこの建物は現在、その杉原千畝氏の記念博物館として一般に公開されています。残された執務室からは、杉原氏の勇気とその大いなる決断が感じらます。大勢のユダヤ人を救った杉原氏は「日本のシンドラー」とも呼ばれ、日本人として唯一イスラエルから「諸国民の中の正義の人」として表彰されています。  (「DTACリトアニア観光情報局 – カウナス」より)]

[ドイツ軍侵攻に伴い隣国ポーランドから迫害を逃れて流入してきた大量のユダヤ人に対し、当時在カウナス日本領事館に領事代理として赴任していた杉原千畝は、盟邦ドイツへの配慮から査証発給を避けるよう訓令を発していた本国外務省の意向に反し、ユダヤ人に対して日本通過を可能とした査証及び渡航証明書を発給して欧州からの脱出を支援した。この件では最終的には数千人分にものぼる査証・渡航証明書が発給されたと言われている。
旧日本領事館は現在資料館になっており、麻生太郎外務大臣が2006年5月6日に視察している。また、ヴィリニュスに杉原通りもある。  (wikipedia・カウナスより)]

ヴィルニュスの杉原千畝記念碑スギハラ通り

カメラ南西方向が杉原千畝記念館です。

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