ギュンター・グラス・ハウス

マーカーはギュンター・グラス・ハウスです。

ギュンター・グラス・ハウス
[ギュンター・グラスは1995年以来リューベック近郊に住んでいて、ここに事務所を構えている。グラスといえば、「ダンツィヒ3部作」が有名でそっちの方を連想するのに、あっち(グダンスク)には記念館がなくて、縁がなさそうなリューベックにあるのも不思議な気がする。そして図らずも、グラスに関係が深い2つの都市を訪ねることになった偶然に驚いている。
チケット売り場の奥のドアを開けて、中庭を通り抜けると資料館がある。中庭には、彫刻家でもあるグラス自身が彫ったひらめを掴んでいる手や男女の頭部の像が合った。
1階が文学作品紹介、『ブリキの太鼓』の映画のビデオが流れていた。2階がグラスの彫刻やリトグラフや水彩画作品が展示されていた。私は『鈴蛙の呼び声』からの新しいのしか読んでないが、『女ねずみ』とかそのころの作品が多かったように思う。ちなみに、2010年は『ブリキの太鼓』が書かれて50周年ということで、様々なイベントをやるようだ。  (「リューベック2 ~聖カタリナ教会~」より)]

ギュンター・グラス
[ギュンター・グラス(Günter Grass, 1927年10月16日 – )はドイツの小説家、劇作家、版画家、彫刻家。代表作に『ブリキの太鼓』など。1999年にノーベル文学賞受賞。
ギュンター・グラスはダンツィヒ(現ポーランド領グダニスク)で生まれた。父はドイツ人の食料品店主、母は西スラヴ系少数民族のカシューブ人。当時、ヴェルサイユ条約によりドイツから切り離され、国際連盟の保護下に形式上独立国だったダンツィヒ自由市で、ドイツとポーランドをはじめとする様々な民族の間で育ったことが、その後のグラスの作品に大きく影響することになった。
15歳で労働奉仕団・空軍補助兵を務め、17歳で武装親衛隊に入隊した後、敗戦を迎え、米軍捕虜収容所で半年間の捕虜生活を送る。その後、デュッセルドルフで彫刻家・石工として生計をたてながら美術学校に通い、詩や戯曲なども書く。1958年には朗読による作家・批評家同士の作品発表の場「47年グループ」で才能を認められ、1959年発表の長編小説『ブリキの太鼓』で一躍有名作家となった。
2006年8月12日、17歳の時にドレスデンナチ党の武装親衛隊に入隊していた過去を自ら明らかにして大きな波紋を呼んだ。  (wikipedia・ギュンター・グラスより)]

ギュンター・グラスのエントランスのストリートビューです。

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