旧市街広場

マーカーは旧市街広場です。

旧市街広場(Market Square)
[ヴロツワフ・マーケット広場は、ヴロツワフの中世のマーケット広場で、今は歩行者専用ゾーンとなっています。広場は寸法178×213メートル(584×699フィート)の長方形で、二つのタウンホールを持ちポーランドで最大、ヨーロッパでも最大の市場の一つです。
広場周辺の建物は異なるスタイルで構築されています。広場の中央は旧市庁舎、新市庁舎や多数の民家からなる建物のブロックで占められています。
マーケット広場は、ソルトマーケットと聖エリザベス教会前の広場に連続した領域にあるヴロツワフの中心エリアです。
市場は顎鬚公ヘンリク1世(在位:1232年 – 1238年)によって1214年と1232年の間に、地域の支配者によって都市や農村に認められる自治の程度を規定するマクデブルク法に基づいて設立されました。
19世紀には広場は最初は馬車システム、1892年以降は電気のトラム線に接続され、1970年代の終わりまで、車は東西軸に沿って通行することができました。しかし、1996年 – 2000年に広場は再舗装され、歩行者専用となりました。
広場中央ブロックの顕著な特徴は、その南側に位置する後期ゴシック様式の旧市庁舎で、特徴的な東のファサードによって、市内の最も有名なランドマークの一つになっています。
19世紀と20世紀の変換期に、広場の中央にある建物の三分の二は、破壊され、歴史主義と現代のスタイルで設計されたオフィスや小売店に変換されていましたが、第二次世界大戦中に破損し、戦後18世紀後半に見られた建築方法に従って復元されました。
広場の東側は、銅の樋と縦樋の緑青により、歴史的に「緑のパイプ側」(ドイツ語:Grüne-Rohr-Seite)と呼ばれていました。
旧市街広場・wikipedia-photo、「ヴロツワフがドイツ帝国の一部であった期間中の1900年のヴロツワフマーケットスクエア、広場名はブレスラウ(Breslau)」・wikipedia-photo、聖エリザベス教会の塔から見た2005年のヴロツワフマーケット広場・wikipedia-photo、ヴロツワのフ旧市庁舎・wikipedia-photo、ヴロツワフ新市庁舎・wikipedia-photo、噴水・wikipedia-photo、「ツーリスト・インフォメーション・センター」・wikipedia-photo]

[12月に入ると町の装いもクリスマスデコレーションとなり、ブロツワフでは市庁舎周辺が特に、きれいに飾られている。また、帽子・マフラー、クリスマス装飾品の小物類、食べ物関係などの店が軒を連ねて並び、訪れる人たちを楽しませてくれる。12月に入り気温がマイナスを表示するようになると温かい飲み物を出す店には、すぐに行列ができる。私が訪れた時もかなり冷え込み、行き交う人たちが小さなかわいいブーツのカップを口に運ぶのを目にし、それを売っている店へ行ってみた。
紺色の下地にこの市庁舎を中心とした雪景色のイラスト。Wroclaw 2009 と白い文字で書いてある。そのかわいいカップは飲み物+カップ代[10PLN(ズウォティ)]を払うことで持ち帰ることができる。ホットチョコレートを頼み、2009年のクリスマスの記念にすることにした。
 ポーランドでは国民の約90%が敬虔なカトリック教徒で、クリスマスの12月24・25・26日は祝日で国民全体でクリスマスをお祝いする。24日のクリスマス・イブの食事は肉類を食べず、鯉を代表とする魚料理が中心になる。日本ではアメリカ式のクリスマスの過ごし方から、クリスマスのごちそう=肉料理 と当り前のように信じ込んでいたので、ポーランドへ来て初めてそのことを知り不思議な感じがした。25日からはいつもの肉料理が食卓に戻るらしい。
 24日のディナーを済ませると、ミサに参加するため教会へ行く。  (「町:ブロツワフ(ポーランド)」より)]

旧市街広場北西部のカメラです。

旧市街広場・旧市庁舎西側のカメラです。

19世紀の劇作家・詩人のAleksander Fredro アレクサンデル・フレドロ像前の360citiesです。