どぜう鍋「飯田屋」

スポンサーリンク

マーカーはどぜう鍋「飯田屋」です。

どぜう鍋
[ドジョウを「どぜう」と表記するようになったのは、駒形どぜうの初代当主“越後屋助七”の発案であるというのが定説である。ドジョウは泥鰌、鰌と書き、旧かなづかいでは「どぢやう」あるいは「どじやう」が正しいが、四文字では縁起が悪く、三枚ののれんに書けないという理由から、発音の近い「どぜう」の文字を使用したとされている。駒形どぜうは享和元年(1801年頃)の創業で、「どぜう」の表記は文化3年(1806年)から用いるようになった。老舗の名店がこの表記を採用したことから、幕末近くには江戸の町中でも定着し、他店も「どぜう」を看板として用いるようになった。なお、字面は「どぜう」であっても発音はあくまでも「どじょう」である。
形態
●丸鍋 – ドジョウを開かず丸ごと調理した鍋。
生きたドジョウを酒に入れてすぐ蓋をする。最初は大変に暴れるが、やがておとなしくなったところで小さな薄い鉄鍋に並べる。甘辛い割下を注ぎ、炭火で煮込む。ネギを大量に載せ、山椒や七味唐辛子をかけて食べる。「丸鍋」(あるいは単に「まる」)と呼ばれるもので東京下町の名物。文化元年(1804年)に浅草駒形で越後屋が創始したとされる。
●ぬき鍋 – 丸鍋とは違い、ドジョウを背開きにしてゴボウと一緒に調理した鍋で、文政年間に江戸で誕生した料理とされるが、その起源については、南伝馬町の萬屋説と本所石原の石井説の二説がある。「ぬき鍋」は単に「抜き」あるいは「裂き」とも呼ばれる。
●柳川鍋 – 詳細は「柳川鍋」を参照
開いたドジョウを割下で煮込んだものを、ゴボウと共に卵とじにしたもの。  (wikipedia・どぜう鍋より)]

飯田屋
[磨き込まれた藤敷に胡座をかいて、「どぜう鍋」一刻文豪気分です。
明治の創業以来、言い継がれてきた家訓「親父の仕事はタレをとることと、下足番」お客様への心遣いは足元までというこの訓えを今後も肝に命じてまいりたいと存じます。元来、どぜうは安くて栄養価の高い食物として親しまれてきました。伝統の味を大切にするため、今でも天然物のどぜうを厳選しております。素朴な庶民の味、下町の味わいを、どうぞごゆっくりお楽しみ下さい。…四代目主人  (「「どぜう鍋」一刻文豪気分 どぜう飯田屋 | 浅草観光連盟」より)]

どぜう飯田屋 (どじょう・いいだや) – 田原町/どじょう [食べログ]

カメラ北方向がどぜう鍋「飯田屋」です。

スポンサーリンク