三社権現(浅草神社)

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    浅草神社関連リンク – 「被官稲荷社

    三社権現(浅草神社)
    [浅草神社(あさくさ じんじゃ)は、東京都台東区浅草浅草寺の境内にある神社である。通称に三社権現(さんじゃ ごんげん)、三社様(さんじゃ さま)。5月17日の例大祭は三社祭という。
    浅草寺の草創に関わった土師真中知(はじのまなかち)、檜前浜成(ひのくまはまなり)・武成(たけなり)を主祭神とし、東照宮徳川家康)・大国主命を合祀する。檜前浜成・武成の他のもう一柱の主祭神については諸説あったが、現在では土師真中知であるとしている。この三人の霊をもって「三社権現」と称されるようになった。
    社伝によれば、推古天皇36年(628年)、檜前浜成・武成の兄弟が宮戸川(現在の隅田川)で漁をしていたところ、網に人形の像がかかった。兄弟がこの地域で物知りだった土師真中知に相談した所、これは観音像であると教えられ、二人は毎日観音像に祈念するようになった。その後、土師真中知は剃髪して僧となり、自宅を寺とした。これが浅草寺の始まりである。土師真中知の歿後、真中知の子の夢に観音菩薩が現れ、そのお告げに従って真中知・浜成・武成を神として祀ったのが当社の起源であるとしている。
    実際には、平安時代の末期から鎌倉時代にかけて、三人の子孫が祖先を神として祀ったものであると考えられている。ご神体として一般の人間(漁師と僧侶)を祀っている為、神社の格としては江戸一低いといわれている。
    明治神仏分離により浅草寺とは別法人になり、明治元年に三社明神社に改称、明治5年に郷社に列し、明治6年に現在の浅草神社に改称した。社殿は浅草寺の本堂の東側にある。現存の社殿は徳川家光の寄進で慶安2年(1649年)に完成したもので、昭和36年に拝殿・幣殿・本殿が国の重要文化財に指定された。
    社殿は浅草寺の本堂の東側にある。現存の社殿は徳川家光の寄進で慶安2年(1649年)に完成したもので、昭和36年に拝殿・幣殿・本殿が国の重要文化財に指定された。
    •神社では特にとりあげていないが、最も古い招き猫丸〆猫(まるしめのねこ)に関する古い記録が複数残っており、招き猫発祥の地としては最も確かである。(武江年表 嘉永5年の項、藤岡屋日記 嘉永5年の項)
    拝殿・wikipedia-photo  (wikipedia・浅草神社より)]

    浅草神社ホームページ」 – 「年中行事」、「三社祭

    浅草神社 – Google Map 画像リンク」、「浅草神社神殿・継殿 – Google Map 画像リンク

    カメラ北方向が三社権現(浅草神社)参道です。

    浅草燈籠祭開催中の参道のカメラです。(浅草燈籠祭 2017年9月30日まで浅草神社で開催中。秋の灯籠祭り)

    カメラ北方向が三社権現(浅草神社)拝殿です。

    浅草神社前・三社祭の360cities

    浅草寺二天門内・三社祭の360cities

    三社権現(浅草神社)資料リンク
    国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 今戸箕輪浅草絵図」(絵図4つ切り・左下浅草寺境内に三社権現が描かれています。)

    「東都歳事記」・浅草三社権現流鏑馬.jpg浅草三社権現祭礼.jpg

    東都歳事記. 巻之1-4,附録 / 斎藤月岑 編纂 ; 長谷川雪旦 図画 ; 松斎雪堤 補画」・「浅草三社権現流鏑馬」(1-20)、「浅草三社権現祭礼」(2-21)

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