北馬道町

マーカーはカメラ位置です。

北馬道町
[二天門を出た所が江戸時代・浅草南馬道町と呼ばれた所です。表通りが馬道と言う大通り、左に曲がれば吉原に通じる幹線道路(?)です。私も左に曲がって吉原方向に足を向けます。通りの東(右)側は助六で有名な花川戸の町で、通りの西(左)側は舞台の浅草南馬道町と浅草北馬道町が有ります。浅草北馬道町が切れた所が、東西に走る言問通りで、その交差点を馬道交差点と言います。  (「第203話落語「笠と赤い風車」(かさとあかいかざぐるま) – 落語の舞台を歩く」より)]

[現]台東区浅草二丁目・花川戸(はなかわど)一丁目
[浅草南馬道町の北にあり、西は浅草寺地中、東は馬道を隔てて浅草医王院(あさくさいおういん)門前。浅草寺境内町屋で、浅草寺の諸役を勤める。町立ての年代、町奉行支配に属した時期などは不明。町の規模は東西15間半・南北36間余。浅草南馬道町東側に飛地二ヵ所があり、うち一ヵ所は浅草花川戸町への通行道であった。文政8年(1825)の家数45(文政町方書上)。同7年の江戸買物独案内には家伝一角正徳丸等調合所の片山氏、味噌問屋の佐野倉安兵衛、寄合即席御料理の小泉屋忠五郎の店がみえる。明治10年(1877)浅草南馬道町の一部とともに浅草馬道町四―五丁目となった。  (「浅草北馬道町 | 仲介手数料最大無料の東京賃貸事情」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション - 〔江戸切絵図〕. 今戸箕輪浅草絵図」[絵図左下・浅草寺随身門(二天門)の右が北馬道町です。]

カメラ位置は二天門前で、カメラ北方向が北馬道町で、カメラ南方向が南馬道町です。

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