千束稲荷神社

マーカーは千束稲荷神社です。

千束稲荷神社
[当社の創建は不詳ですが、おそらく寛文年間(1661~72)と推測されます。かつては浅草寺境内の上千束稲荷(西宮稲荷)と、当社の前身である下千束稲荷の二社に分かれており、下千束稲荷は北千束郷の氏神としてお祀りされていました。この「千束」という地名は大変古い地名で、その範囲も浅草天王町あたりから千住の橋際にまで及ぶ広大なものでした。(なお上千束稲荷は現存していません)
 その後龍泉寺村(現在の台東区竜泉周辺)が起立して以来、龍泉寺村の氏神様として崇敬され、今日に至っています。また樋口一葉の名作『たけくらべ』は当神社の祭礼が舞台の一つになっており、『たけくらべ』ゆかりの神社として境内には樋口一葉の文学碑も建立されています。
江戸名所図会』(天保7年・1836刊)
「千束郷 竜泉寺町の辺(中略)この堺に叢祠あり千束稲荷と称す。或人云う往古は上下とわかれて、浅草天王町の辺より千住の橋際迄をすべて千束郷といひけると云ふ、よって按ずるに浅草寺至徳四年の鐘の銘に武州豊島郡千束の郷金龍山浅草寺とあり。また境内に西宮稲荷と称するあり。里老伝えて是を上千束稲荷と号くるといふ」
『新撰東京名所図会』(明治31年刊)
「往時は千束郷の鎮守にして上下二社あり、本社は下千束稲荷にして、今浅草伝法院の左にあるを上千束稲荷とすといふ、明治五年村社に列す、祭日八月二十一日なり、氏子竜泉寺町一箇町」  (「千束稲荷神社ホームページ – 千束稲荷神社のご紹介」より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 今戸箕輪浅草絵図」(上野山下から続く金杉通りの金杉下町の下に千ツカイナリと描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [45]貮拾貮下」(コマ番号4・中央左上方向に千束稲荷 竜泉寺持と記述されています。)

千束稲荷神社 – Google Map 画像リンク」、「樋口一葉像 – Google Map 画像リンク

カメラ北方向が千束稲荷神社です。

千束稲荷神社拝殿前のカメラで、カメラ北西方向に樋口一葉の胸像と碑があります。