原稲荷神社

マーカーは原稲荷神社です。

原稲荷神社
[稲荷神社は通称原稲荷・町屋稲荷とも呼ばれ、五穀豊穣の神である倉稲魂命を祀る。その創祀年代は未詳だが、天正18年(1590)、徳川家康江戸入府にともなって、三河国愛知県)の百姓が町屋に移住してきたときにさかのぼる、という伝承がある。
社伝右脇の庚申塔は、江戸時代初期の正保4年(1647)2月吉日の紀年銘をもち、4組の夫婦によって建てられたことがわかる。全国的にも珍しい、阿弥陀三尊の線刻が施されている。(荒川区教育委員会)  (「猫のあしあと – 原稲荷神社」より)]

原稲荷神社 – Google Map 画像リンク

[原稲荷神社と呼ばれています。創祀は未詳ですが、徳川家康の入部に伴って、三河国の農民が町屋に移住してきたときに遡るという伝承があります。南千住素盞雄神社(すさのおじんじゃ)の天王祭の3年に一度の大祭の際に、この神社に本社神輿御旅所が設けられます。また、社殿右脇の庚申塔は全国的にも珍しい阿弥陀三尊の線刻が施されています。画像リンク(原稲荷神社社殿)、画像リンク(阿弥陀三尊来迎図像庚申塔)  (「荒川区ホームページ – 原稲荷神社」より)]

[「原稲荷」という通称で親しまれている「稲荷神社」の創建年代は不詳。江戸時代は町屋村の鎮守としての役割を果たしていたそうです。天正18(1590)年に、徳川家康の江戸入部に伴って三河国(愛知県)の農民が町屋に移住し、この神社を建立したとも言われています。現在は、毎年6月に行われる素盞雄(すさのお)神社の天王祭で、神輿がお泊まりになる「御旅所(おたびしょ)」として知られています。ご祭神は、「倉稲魂命(うかのみたまのみこと)」です。素盞雄神社の素盞雄尊(すさのおのみこと)の息子で、日本全国にある稲荷神社で祀られています。今では商工業にご利益のある神様として信仰を集めていますが、本来は五穀豊穣の神とされていました。このことから、三河国から来た農民たちが原稲荷を建立した、という説が信憑性を帯びてきます。また、一般的に「お稲荷さん」と言うと狐の神様を連想しますが、実は、狐は倉稲魂命の使いなのです。社殿右脇には、「町屋の一本松跡」と同様に庚申塔があります。この塔は正保4(1647)年二月吉日銘で、4組の夫婦によって建てられたことがわかっています。また、庚申塔としては珍しい「阿弥陀三尊」の像が刻まれています。  (「荒川ゆうネットアーカイブ > 特集 > 荒川区再発見4「町屋」 > 稲荷神社(原稲荷)」より)]

カメラ東方向が原稲荷神社参道です。

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