報恩寺

マーカーは報恩寺です。

報恩寺
[真宗大谷派寺院の報恩寺は、高龍山と号し、京都東本願寺末です。 建保2年(1214)下総国横曽根(現水海道市)に創建、慶長7年(1602)江戸に移転、坂東報恩寺と称されていました。江戸時代には専念寺、真照寺、長善寺、林光寺、聞明寺、永願寺、高徳寺、龍淵寺、養蓮寺、西岸寺、長龍寺、西光寺、光照寺、の13ヵ寺を寺中に有していました。
銅鐘
坂東報恩寺の通称で知られる当寺は、建保2年(1214)親鸞の高弟性信によって開かれた浄土真宗大谷派の寺院で、初め下総国横曽根(現茨城県水海道市)にあったが、慶長7年(1602)江戸に移転、その後市中を三転し、文化7年(1810)現在地に至る。本鐘が鋳造されたのは、慶安元年(1648)で、当時報恩寺は八丁堀にあった。銘文によると、報恩寺14世住持宣了および檀信徒の講中の発願で作られた。銘文の末尾に記されている鋳造者の「堀山城守藤原清光」は江戸幕府の命で京都から江戸に下った御用釜師堀浄栄の息子浄甫を指す。父子とも当代一流の鋳造師で、浄甫の作品にはこの銅鐘のほか、渋谷区祥雲寺の銅鐘・日光東照宮の銅灯籠・上野東照宮の銅灯籠などが現存している。本鐘は、昭和18年、重要美術品の認定を受け、平成8年、台東区有形文化財として、区民文化財台帳に登載され、当寺境内鐘楼に安置される。(台東区教育委員会)  (「報恩寺|坂東報恩寺、台東区東上野にある真宗大谷派寺院 – 猫の足あと」より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 今戸箕輪浅草絵図」(絵図四つ切左上・「板倉内膳正下屋敷」下に「報恩寺」が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 御府内場末往還其外沿革圖書. [43]貮拾貮上」(コマ番号3/10・絵図中央右方向「板倉内膳正下屋敷」左に「報恩寺」が描かれています。)

江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・報恩寺

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「報恩寺-1・解説は右ページ左側より」(16-39)、「報恩寺-2」(16-42)、「報恩寺-3・右ページ8行目まで」(16-43)

報恩寺(坂東報恩寺) – Google Map 画像リンク

カメラ西方向が報恩寺です。

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