薬王寺

マーカーは薬王寺です。

薬王寺
[天台宗寺院の薬王寺は、東光山と号します。薬王寺の創建年代は不詳ながら、改撰江戸志によると天海僧正(寛永20年1643年没)の開山といいます。境内には日光街道に背を向けた背面地蔵尊が安置されています。根岸古寺めぐり1番札所となっています。

薬王寺にある背面地蔵尊の縁起
昔の昔この地蔵尊は上野から奥州へ向かう旧街道の傍らに在した。その後道筋が改り、後背の箕輪町通りが新しく拓け、旧道に面していた地蔵尊が新道からはうしろ向きに見えるので、恰も此の尊称が起こったのである。
記録には、
「ここに又不思議なるは御遷座の夜、主僧の夢に神人現わる。告げて曰く汝如何なれば我が面を東に向わしめたるや、そもこの寺の西辺は古陸奥への駅道なり、我はその道に臨み西に向い立ちたるなり、とありければ主僧驚きて遂に石工を招き寄せ事の仔細を語り聞かせしに、石工も夢に同じ告を蒙りたりとて、その夜のうちに御像を動かし面を西に向わし奉りぬ。
さればその後参詣せし人々はその有様を見て、さても不思議なるかな昨日は東に向ひたまいしに今日は西に向はせられたりとて、その事たちまち四方に伝わり、背面地蔵の御名遠近に聞え渡りぬ」頃明和元年(1764)
こうして薬王寺の背面地蔵尊は本尊薬師如来の冶眼信仰と共に毎月の縁日で賑い栄えたのであった。
道路仏でもあり、延命子育てとしての地蔵信仰は今でも多くの人々に語り継がれている。  (「猫のあしあと – 薬王寺」より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 今戸箕輪浅草絵図」(絵図右上・王子用水左で三ノ輪橋左上方向に薬王寺が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 根岸谷中辺絵図」(絵図上中央に薬王寺が描かれています。)

薬王寺 – Google Map 画像リンク

カメラ東南東方向が薬王寺山門です。

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