霊岸橋(亀島川)

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マーカーは霊岸橋です。

霊岸橋
[皆さんは、中央区茅場町にある霊岸橋という橋のことをご存知でしょうか?日本橋茅場町と新川地区を結び、亀島川に架かる橋です。創架は明らかではありませんが江戸時代後期には霊岸橋の名称が記録に残っているそうです。また江戸初期の寛永年間(1624-1643)に霊巌上人がその法力をとって当時海だった江戸八丁堀を陸地にし、そこに霊巌寺というお寺を建て、この地を霊巌島と呼ぶようになったという言い伝えがあります。霊巌寺は明暦の大火事(明暦3年/1657年)後は深川に移転しています。現在の橋は昭和60(1985)年に旧橋の老朽化により鋼製のものに架け替えられたものですが、親柱、欄干、歩道、歩車道分離柵なども好感が持てるものになっています。  (「今月のテーマ:もっと知りたくなる中央区の橋の歴史 – 中央区OL」より)]

亀島川
[中央区にある霊岸橋付近で日本橋川から分流し南へ流れ、亀島橋を過ぎたあたりで南東に折れ、中央区の中央大橋下流で隅田川に合流する。
約1kmの短い流路延長に5つの橋が架かる。江戸期には川沿いに向井将監(忠勝ほか)の御船手奉行所があって、江戸に入る船舶はここであらためを受けたため、将監河岸とも呼ばれた。江戸時代は越前堀とも言われ、明治時代には越前堀一丁目など、地名にもなった。  (wikipedia・亀島川より)]

資料リンク
国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 築地八町堀日本橋南絵図」(絵図右下・永代橋の上方向豊海橋の次の橋が湊橋で、その左上に霊岸橋が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 呉服橋御門外ヨリ鍛冶橋御門外日本橋京橋川筋限八丁堀箱崎霊岸島辺一円絵図」(絵図四つ切りの左下・新堀川右に湊橋が描かれ、港橋の右上に描かれている橋が霊岸橋です。)

 「江戸名所図会」(画像は国立国会図書館ウェブサイトより取得)・「山王祭・其二」、「山王祭・其三」[絵は鎧の渡しの東側、行徳河岸の箱崎川に架かる箱崎橋から南茅場町方向を描いたものです。其二に箱崎川に架かる箱崎橋と左上に日枝山王旅所が描かれている。また、其三で日本橋川に架かる涙橋と越前堀(亀島川)に架かる霊岸橋が描かれている。]

江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「山王祭・其二」(2-21)、「山王祭・其三」(2-22)

カメラ位置は現在の霊岸橋で、江戸時代にはカメラ北東方向の樋門あたりにあった。

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