正受院

マーカーは正受院です。

正受院
[正受院(しょうじゅいん)は、東京都新宿区新宿二丁目にある浄土宗の寺院である。正式には明了山正受院願光寺という。靖国通りに面し、成覚寺と隣接している。
文禄3年(1594年)、正受乘蓮和尚を開山として創建される。正受院の奪衣婆像は「綿のおばば」と呼ばれ、民衆の信仰を集めた。 幕末会津藩主、松平容保が葬られた寺院でもあるが、後に会津若松市の松平家院内御廟へ改葬されたため現在正受院には墓石も記念碑も残っていない。毎年2月8日には、針仕事に用いた針への労いと、同時に裁縫の腕の上達を祈願する儀式である針供養大法要が行われる。当日には経を読み上げ、特大の豆腐に針を刺して供養するという光景が見られ、古い針を納めに来る参拝客などで賑わう。 針供養に関連したものとして、境内には昭和32年(1957年)建造の針塚と昭和38年(1963年)に造立された小見外次郎の胸像がある。
平和の鐘
正受院の梵鐘は、昭和17年(1942年)に太平洋戦争による金属供出のため失われたはずであった。しかし、戦後になってアメリカ合衆国アイオワ州立大学内海軍特別訓練隊が所有していることが判明。昭和37年(1962年)には正受院へ返還された。このため、正受院の梵鐘は「平和の鐘」と呼ばれており、現在でも大晦日には除夜の鐘を響かせている。
本堂・wikipedia-photo、平和の鐘・wikipedia-photo  (wikipdia・正受院より)]

[浄土宗の寺院で、正式には『明了山正受院願光寺』といい、文禄3年(1594年)に創建されました。 『奪衣婆像』は、三途の川のほとりで死者の衣類をはぎ取る恐ろしい老婆の姿です。旗本・高力氏が妻の像を作らせたところ、あまりにも恐ろしい姿に出来上がってしまったので、正受院に納めたという伝説もあります。元禄14年(1701年)かそれ以前に安置されたといわれています。咳どめの霊験があるとなどとして庶民の信仰を集め、嘉永2年春には参詣客が絶えない流行神と称されました。ほかにも、毎年2月8日に盛大に「針供養」が行なわれる『針塚』や、戦後一時アメリカに持ち去られ、昭和37年に返還された『平和の鐘』などがあります。  (正受院 – 新宿観光振興協会より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 内藤新宿千駄ヶ谷絵図」(絵図右端下方向に成覚院下に正受院が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [14]拾九元」(コマ番号2/5・地図中央の太宗寺下に正受院が描かれています。)

正受院 – Google Map 画像リンク

カメラ南南西方向が正受院山門です。

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