長崎分水跡

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マーカーは豊島区要町3丁目交差点付近です。

今昔マップ on the web:時系列地形図閲覧サイト|埼玉大学教育学部  谷 謙二(人文地理学研究室)首都圏編」で明治期以降の新旧の地形図を切り替えながら表示することができます。
1896~1909年地図の長崎村左下十字路で千川上水からの分派が描かれています。

長崎分水跡
[豊島区要町3丁目付近
 千川上水が放射36号線(東京都道441号池袋谷原線)と交差する辺りに長崎分水口がありました。この分水が谷端川(旧小石川)の出発点ですが、現在はビルや住宅が並び、その跡は確認できません。分水の流れに沿って行くと有楽町線千川駅があり、この辺りの土地は低くなっています。  (「長崎分水跡:練馬区公式ホームページ – Archive.is」より)]

東京府15区8郡時代の町村区分図」 – 「豊多摩郡落合町・北豊島郡長崎村」(地図左上方向・東長崎駅左上に千川上水が描かれ、地図上中央付近に長崎分水(谷端川)が描かれています。)

カメラ南東方向が長崎分水跡です。

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