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聖輪寺
[聖輪寺(しょうりんじ)は、観音坂の坂下にある真言宗の寺である。山号は、観谷山福聚院。千年以上の寺歴を持つ寺で、江戸寺院中でも浅草の浅草寺と並んで最も古い寺のひとつといわれる。
聖輪寺の本尊は如意輪観音である。これは円仁(慈覚大師)、もしくは行基の作と伝わる十一面如意輪観音であったが、大東亜戦争中の1945年(昭和20年)5月、アメリカ軍による空襲を受けて焼失した。
この観音には、観音の眼が金だと聞いた賊が寺に盗みに入ったところ自分の刀に貫かれて死んでしまい、爾来「目玉の観音」として崇められたとの言い伝えがあった。地誌『江戸名所図会』には、聖輪寺が浅草寺と並んで千年以上の歴史を持つ江戸の寺であるという菊岡占涼による説と、身の丈が3尺5寸で両目が金で作られていたという目玉の観音の伝説が紹介されている。
聖輪寺・wikipedia-photo (wikipedia・観音坂より)]
[真言宗。行基作という如意観音を本尊とし、観音堂というほうが通りがよい。ある時、盗賊が目玉を抜こうとしたところ、罰死したことから目玉の観音として信仰された。(「江戸切絵図散策」より)]
[聖輪寺は、神亀2年(725)行基の開基と伝えられている。奈良県桜井市にある長谷寺の末寺とされている。行基はこの地行脚の折、如意輪観音像を刻んで一寺を建立したという。この寺は、飛鳥時代の創建といわれ、浅草寺に次ぐ江戸屈指の観音信仰の古刹である。門前に「府内八十八ヶ所大10番弘法大師」等の石標が立っており、門内には正面には観音堂が東向きに建てられている。元禄15年(1702)に青山の下野家中が寄進した、という記録があり、千駄ヶ谷観音寺の別当寺である。 (「御符内八十八ヶ所」より)]
聖輪寺資料リンク
「国立国会図書館デジタルコレクション – 江戸絵図. 9号」(絵図四つ切左下に聖輪寺が描かれています。)
「国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 四ツ谷絵図」(絵図右下角付近に聖輪寺観音が描かれています。)
「江戸名所図会. 巻之1-7 / 斎藤長秋 編輯 ; 長谷川雪旦 画図」・「千駄谷観音堂」(9-17)、「千駄ヶ谷観音堂解説・右ページ左から2行目まで」(9-16)
千駄谷観音堂(拡大図)
「聖輪寺 – Google Map 画像リンク」
カメラ北北西方向が聖輪寺山門です。