西迎寺

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マーカーは西迎寺です。

西迎寺
[浄土宗寺院の西迎寺は、紅葉山と号します。西迎法師が、延徳2年(1490)、太田道灌菩提を葬うため江戸城紅葉山に開いた西光院を起源とします。西迎法師は三浦四郎義広の嫡男で、大田道灌の父道真と親子の契を交わしており、父三浦義広、大田道灌の死後、仏門に入りました。

『西迎寺の阿弥陀如来座
元禄7年(1694)旗本伏見勘七郎為智が父の供養のために、当時名鋳物師といわれた椎名伊予守良寛に製作させたものである。青銅製で、像高237cm、台座高135cm、両手の親指と人差指で環をつくり膝の上で合せた「定印」を結んでいる。区内の鋳造による阿弥陀如来座像としては規模が最も大きく、造立者や製作者が判明している点からも史料的価値が高い。(新宿区教育委員会掲示より)』

『西迎寺の梵鐘(新宿区登録有形文化財)
西迎寺第八世超誉萬愚(伝大信寺初世)が、大檀越の伏見勘七郎為智等に広く喜捨を仰ぎ、貞享3年(1686)年に鋳造された銅造の梵鐘。総高150.0cmで、江戸鋳物師椎名伊予守良寛の作であり、同寺に伝わる「阿弥陀如来坐像」(区指定文化財)と同じ寄進者、鋳物師が関わっている。江戸鋳物師の製造技術が頂点に達した時期の作品で、江戸鋳物師の作風・製造技術を知ることができる。また、銘文から当寺の寺歴や梵鐘鋳造の歴史を知ることができ、史料的価値も高い。太平洋戦争中の供出により区内の江戸時代の梵鐘は残存数が少なく貴重である。(新宿区教育委員会掲示より)』  (「猫のあしあと – 西迎寺」より)]

[浄土宗・西迎寺ははじめ江戸城中紅葉山にあったが、寛永12年(1635)に現在の地に移った。境内には銅造の阿弥陀如来座像(区指定文化財)があり、露座のため多少損傷しているが、優美な姿をとどめている。この像は幕臣、伏見勘七郎為智が父の供養のために元禄7年(1694)に造立したもの。作者は投じ、名鋳物師といわれた椎名伊予守良寛である。また隣接の墓地には、江戸時代初期の五輪塔をはじめとした、古い石造遺物が多い。  (「西迎寺 | 一般社団法人新宿観光振興協会」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 四ツ谷絵図」(絵図左中央付近・松平摂津守(美濃高須藩)上屋敷の下に西迎寺が描かれています。)

国立国会図書館デジタルコレクション – 府内場末其外往還沿革図書. [14]拾九元」(コマ番号3/5・地図中央下に全勝寺右に西迎寺が描かれています。)

西迎寺 – Google Map 画像リンク

カメラ東北東方向が西迎寺山門です。

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