安志藩小笠原家下屋敷跡(東京大学本郷構内の遺跡)

マーカーは水戸徳川家中屋敷跡(東京大学農学部)です。

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[東京大学本郷構内は、江戸時代には加賀藩をはじめとした大名屋敷や旗本屋敷、御先手組屋敷、講安寺などが存在した。また付近一帯は、上部旧石器時代以降の複合遺跡である本郷台遺跡群として知られている。
調査地点は明治時代以降、旧制第一高等学校用地として利用されていた。当該期の施設図を瞥見すると、付近は寮にあたるようである。その後、駒場に所在していた農科大学とキャンパスを交換して以降、本学農学部が主体となって調査地点一帯は利用されていた。
3面の礎石建物から検出された小笠原家の家紋の付いた瓦は、少なくとも3面段階での調査区の土地利用者が小笠原家安志藩であることを明らかにしている意味で貴重な遺物である 。 安志藩 、水戸藩にかかわらず当該地点に当てはまる屋敷の絵図資料は公表されていないが、試みに安志藩下屋敷当時の江戸切り絵図を参照すれば、門の位置が西側にあることはわかる。であるとするならば、テレメンタリング地震観測施設地点は門と施設本体との中間に当たり、土地利用の度合いとしてはそれほど著しくなかったことも予想される。  (「江戸遺跡研究会会報 No.100」より)]

国立国会図書館デジタルコレクション – 〔江戸切絵図〕. 本郷湯島絵図(嘉永六年・1853年)」(絵図中央右方向に小笠原信濃守(小笠原忠幹)下屋敷が描かれています。)

カメラ東北東方向は東京大学地震研究所入口門で、安志藩小笠原家下屋敷門にあたると思います。カメラ南西方向は願行寺になります。